6−6



ザッっ!!
室内に響いた、何かが引き裂かれる音。
痛みと衝撃を覚悟し身を固くしていた黒子の体が、小さく震えた。
「……っ?」
しかし、いつまでたっても刃が自らに突き立てられることはなく、訝しく思った黒子はそうっと目を開いた。
その途端、上から降ってきた何かが、黒子の頬を冷たく濡らす。
「…青峰君……泣いてるんですか…?」
泣き顔に驚き、慌てて腕を青峰へ伸ばす――いつの間にか、両腕は自由になっていた。先ほど斬られたのは、黒子を拘束していたネクタイだったのか。
「…ふざけんな…っ」
「…青峰君」
「…ふざけんなよ、出来るわけねーだろうがっ!!」
例え自分が死ぬことになっても、他の何を犠牲にすることになっても、
「…オレが、お前を手にかけるなんて…っ」
大粒の涙を流しながら、青峰は黒子の首筋に顔を埋めた。
「……青峰君…っ」
縋り付くように伸ばされた腕の中、青峰の広い――しかし今は子供のように弱々しい背中を抱きしめ返しながら、黒子もまた涙を流す。
「…ボクはモノじゃない…キミだけのモノには、なれません…っ」
だからこそ、自由になりたかった。
性奴隷として、主人に玩具のように扱われるのでもない。
キセキの世代の執着で繋がれ、真綿でくるむような優しさで支配されるのでもない。
全てを自分の意思で選び取り、自分の思う通りに生きて、そして、
「…その上で、もう1度キミを好きになりたい……みんなを、好きになりたいんです」
――いや、もう被害者のふりをするのはやめよう。
自分の罪から目をそらすのも、逃げ道を探すのもやめて、大切な人たちと向き合わなければ、この先に待っているのは破滅だけだ。
その為に何をすべきか――大丈夫、すでに手は差し伸べられている。
「…ねぇ、聞いてください青峰君。ボクは…」
ゆっくりと、小さな子供に語りかけるように言葉を紡ぐ黒子。
しかし次の瞬間、力強い手に肩を掴まれたかと思うと、
「青峰君っ!」
鈍い音と共に、青峰が後方に倒れ込んだ。
「…まったく、やってくれたっスね、青峰っち」
先ほどのダメージからようやく回復した黄瀬が、青峰を殴り飛ばしたのだ。
「…てぇ…っ」
「それは良かったっス……これで、少しは頭も冷えたっしょ」
本気の拳を頬に受け、流石にすぐには立ち上がれずいる青峰に、黄瀬は冷たい視線を向けた。
「…黒子っちの事になると冷静でいられなくなるのはお互い様だけど……今回のことは、流石に度がすぎてるっスよ…っ」
激しい怒りに、黄瀬の言葉尻が震えている。
それが分かった青峰は、何も言い返すことなく俯いた。
「…これ以上黒子っちを傷つけるようなことは……青峰、たとえアンタでも、絶対に許さない」
黄瀬はそう宣言すると、茫然と目を見開いている黒子をシーツでくるみ、抱き上げた。
そのまま部屋の出口に向かいながら、言い捨てる。
「…せいぜい、赤司に殺されないで済むよう、言い訳を考えとくんスね……黒子っちの為に」







それは、まだ早朝と呼べる時間帯の事だった。
出撃を明日に控え、朝早くから準備に追われていた木吉と日向、そして火神にかかった、突然の呼び出し。
「…まったく、この忙しい時に、あの上司様は何考えてんだよ」
「そう言うなって。そもそも今回の任務につけたのだって、黒子のおかげなんだからな」
気安く上官を呼び捨てにした木吉にため息を吐きながらも、日向の顔にもまた、笑みが浮かんでいた。
「…まぁ、確かに、思ってたよりは良い奴かもな」
「な?オレの言ったとおりだろう」
「…なんでお前が得意がるんだよ」
認めるのは悔しいが、自分達の為に奔走してくれたことには感謝している。
更に最近は、水戸部のつくるケーキが気になるくせに、興味ないふりをしているところとか、木吉に対しておっかなびっくり、ノラ猫のように警戒している姿だとか、黒子の年相応の少年らしい顔を知れば知る程、可愛いとすら思ってしまう自分がいたりするのだ。
「何だかんだで可愛い奴だよな。なぁ、火神?」
「……いや、んなことオレに言われても」
そこで急に話題を振られ、火神は慌ててそっぽを向いた。
その分かりやすい態度に、木吉の笑みは更に深くなる。
やがて、そんな会話を交わす内、たどり着いた執務室。
ノックをし、名乗って入室の許可を求めた3人に返されたのは――痛ましいほどに掠れた、弱々しい声だった。
それを訝しく思いながら、室内へと足を踏み入れる。
そしてすぐに、目を見開くことになった。
「…黒子…っ!?」
イスから立ち上がり、彼らを出迎えた黒子。
その唇の端は青黒く腫れ、首には包帯が巻かれている。
更には、その顔色の悪さと言ったら――
「…それどうした。何があったんだよ…っ」
「…何でもありません」
そう言いながらも、黒子は立っているのもツラそうだ。
「何でもなくないだろう……ほら、熱もある」
嫌がる黒子の腕を掴み、額に手をあてた木吉は、そのあまりの熱さに眉を寄せた。
「火神、黒子を頼んだ。オレは医務室から人呼んでくるわ」
火神に黒子を預けた木吉は、そのままドアへと向かったが、
「…待ってください…っ!」
切羽詰まったような黒子の声に、すぐに足を止めることになった。
「…黒子…?」
「…本当に大丈夫ですから……それより、あなたたちにお話ししたいことがあります」
明日、出撃を迎えるその前に。
ツラそうに呼吸を荒らげながら、それでも必死に訴える黒子に、3人は顔を見合わせる。
「…分かった。でもムリすんなよ」
木吉がそう応え、日向が降参だとばかりに肩を竦めてみせると、安心したのか、黒子の体からふっと力が抜けた。
「…おい…っ」
火神はそんな黒子を慌てて支え、近くのソファまで連れて行ってやる。
「…すみません」
その場所に座らせ、自分の上着を肩にかけてやると、黒子は小さく謝罪の言葉を口にした。
素直で弱々しい態度に、火神はどうしていいのか分からなくなる。
「…で?そんな死にそうな顔して、オレ達に何を話すつもりなんだ?」
黒子の様子が落ち着くのを待ってから、木吉はそう話を切り出した。
「…明日、あなたたちは戦場へ向かいます。そこにあるのは、命がけの戦いだ。何が起こるか…無事に帰ってこれるか、それすら分からない。だからその前に…」
そこで黒子は顔を上げ、
「隊の命を預かる日向さん、この国の未来を…それだけじゃない、ボク達の事までを気にかけてくれていた木吉さん、そして…」
まずは日向に、次いで木吉に、そして最後は戸惑いの表情を浮かべる火神に、真っ直ぐな視線を向けた。
「…ボクの為にキセキの世代を超えてみせると、そう言ってくれた火神君に、全てを話しておかなければと…」
「…全て?」
「えぇ。それを聞いた上で、部下を戦場へ連れて行くか、ボクに助力を求めるべきか……ボクに、手を差し伸べるてやるような価値があるのか、判断してください」
もし話を聞いた上で、もう2度とボクに関わりたくないと思ったのなら、そう言って下さい。今日中にでも、あなた達をボクの指揮下から外してもらいます。
淡々と語る黒子に、木吉は優しく問いかけた。
「…全てってのは…それはつまり、キセキの世代とお前に関することか?」
「…はい。ボク達が出会い、軍へと入隊し、そして今に至るまでの間に何があったのか――その全てを」





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