6−5



突然の物音――何かを破壊するようなそれに、黒子は瞬時に微睡から覚醒した。
「…っ」
反射的に暗器に手を伸ばそうとするも、近くに武器になりそうなものは、何もなかった。
それどころかまともに体を動かすこともできず、唇を噛みしめる。
…これだけの殺気を纏った相手に対し、自分は丸腰で、しかも起き上がることすらできないとは――
「…テツ」
しかし次の瞬間、口にされた己の名に、黒子は目を丸くした。
そこにいたのは、思ってもいなかった相手だ。
「…青峰君…?」
扉を壊す際に使ったのだろう、抜き身の刀を手にし、己を冷たく見下ろす青峰の名を、黒子は茫然と呟いた。
その尋常でない様子に戸惑いながらも、とにかく身を起こそうと、ベッドに手をつく。
「…ぁ、う…っ」
その途端、全身を襲った鈍痛と、黄瀬が放ったものが胎内からあふれ出てくる生々しい感覚に、黒子は眉を寄せ、小さなうめき声を上げた。
いつもの青峰であれば、何だかんだ口では文句を言いつつも、辛そうにしている黒子に手を差し伸べてくれていただろう。
しかし今は、無言のまま黒子へと近づき、
「…青み…っ!?」
苦労して起き上がった黒子の首を捕らえたかと思うと、そのままベッドへと押さえつけてしまった。
その間にも、片手には刀が握られたままである。
「……っ」
本気ではないとはいえ首を絞められる形になり、その苦しさに黒子の口からか細い吐息が漏れた。
だが、青峰は手を緩める気配もなく、そのままの体勢で黒子の全身へと視線を走らせる。
白い肌につけられたキスマークや、噛み痕、体の奥に吐き出された白濁液――その全てが青峰ではない、他の男が残したもの。
「…くそ…っ!」
それを目にした途端、青峰は顔を歪ませ、吐き出すように悪態を吐いた。
青峰が感じているのは怒りではなく、深い悲しみなのだろう。
それが分かってしまったから、黒子は震える手を青峰に伸ばし、その頬を両手で包み込んだ。
「…っ、あおみね、くん…っ?」
呼吸を塞がれる苦しみに喘ぎながら、それでも微笑みを浮かべてみせた黒子の健気さに堪らなくなったのか、
「…なんで、なんでお前は…っ!」
青峰はそう叫びながら、黒子へと顔を寄せ――
「…い…っ!?」
次の瞬間には、黒子の唇の端に、容赦なく歯を立てた。
「…ぁ…っ」
やわい肉を食い破られた痛みとショックに、黒子は声もなく、その大きな目から涙を溢れさせている。
透明な涙と真紅の血液が混ざり合い、美しいコントラストを描く様に目を細める青峰。
「…青峰…っち…?」
そんな彼に、かけられた声があった。
振り向かなくても分かる、そこにいるのは黄瀬――青峰にとっては気の置けない悪友であり、信頼する戦友でもあり――そして、心の底から憎んでいる、恋敵である男だと。
「…青峰…っ、アンタ、何してんだ…っ!!」
黒子の傷ついた姿を見て逆上したのだろう、ナイフを手にした黄瀬が飛びかかってくる。
しかし、その結果は明らかだった。
元々、僅差とは言え接近戦の実力は青峰が黄瀬を上回っていたし、それでなくとも、こうなることを予想し、冷静さを保っていた青峰の方に分があるのは当然のこと。
青峰は黄瀬が逆手に構えたナイフを刀で吹き飛ばし、そのまま間髪入れず、腹部へと蹴りを繰り出した。
「…ぐ…っ!」
流れるような攻撃をまともにくらった黄瀬は、壁に叩きつけられることになった。
低いうめき声をもらす黄瀬。命に別状はないだろうが、すぐに動くこともできないようだ。もしかしたら、脳震盪を起こしているのかもしれない。
「…黄瀬君…っ」
あまりに一瞬の出来事に、動く事すらできず茫然と目を見開いていた黒子だが、そこでようやく我に返り、黄瀬にかけよろうとした。が―…
「…行かせるかよ」
「…な、青峰君…っ!?」
片手で軽々と黒子を抱きあげ、再びベッドへと沈めながら、青峰は上がった抗議の声に目を細めた。
「……他の男の事なんか、気にしてんじゃねーよ」
「…何を言ってるんですか、いい加減にしてください…っ!」
悲鳴をあげるように言葉を紡ぐ黒子に応えることはせず、青峰は捉えた両腕を軍服のネクタイでまとめ上げ、ベッドの柵に括り付けてしまった。
「…や、なに、を…っ」
「…いいから、大人しくしとけ。これ以上、ケガしたくねーだろ」
体の自由を奪われ、たまらず身を捩った黒子に、青峰はそうねっとり囁いた。
「…青峰く、も、やめ……ひっ!?」
何とかこの行為を止めたくて、青峰に冷静になってほしくて、必死に訴えかける黒子の唇から、甲高い悲鳴が上がった。
先ほどの行為の痕を色濃く残すその場所に、乱暴に指が突き入れられたのだ。
「…や…ぁ、いた…っ」
「…痛い?ウソ言ってんじゃねーよ、テツ」
だってほら、まだこんなに濡れてる。
未だ濡れそぼり、男を求めるように伸縮を繰り返しているその場所の状態を黒子に分からせるためか、青峰はわざと卑猥な水音を立てるように指を動かす。
「…ぁ…っ、も、やめ…っ」
「…なぁ、けっきょくお前は、別にオレじゃなくても良かったんだよな……こうやって、何人もの男を咥えこんできたんだから」
羞恥を煽り、心を苛むような青峰の言葉と行動に、黒子は瞳からボロボロ涙を零し、かぶりを振った。
「…なん、で…こん、な…っ」
「…ほんと、なんでだろうな」
青峰はそうポツリと呟きながら、子供のように泣きじゃくる黒子を見下ろしている。
「…なんで、オレがお前を泣かせなきゃなんねーだ…」
「…あおみ…ね…く…?」
「なぁ、覚えてるかテツ…オレ達がはじめて出会った時のこと」
息の凍るような寒空の下、泣きながら震えていた小さな子供の姿は、今もはっきりと青峰の脳裏に刻まれている。
「…お前が誰なのか、どうしてあの場所にいたのか、あの時はまだ知らなかった……でも、泣いてるお前を見て、そばにいて欲しいって縋りつかれて、オレは…」
――こいつには、オレしかいねーんだ。
「…そう思って…なら、オレが護ってやらねーと、って…」
言いながら、青峰は手を黒子の背中へと移動させ、そこにあるモノ――黒子がキセキの世代に所有されているという証に、爪を立てた。
「…っ」
「…オレは、オレの手でお前を護ってやりたかった!オレだけがお前を甘やかして、オレだけがお前を大切にして……オレはお前に、オレだけのお前でいてほしかった…っ!」
なのに、なのになんで、
「…なんで、お前はいつだって、他の男のもんなんだよ!」
2人が出会った時、黒子は奴隷として黒子を買った男のモノだった。
ようやくそこから解放してやれたと思ったのに、今度は黒子自身が、青峰ではない別の男に手を差し伸ばしてしまった。
そして今、他の男に抱かれた痕跡を、こうして青峰の眼前に晒している。
「…なぁ、オレが悪いのか?あの時、オレを裏切って赤司に抱かれたお前を憎んで、斬っちまえばよかったのかよ…っ!?」
そうすればこんなに苦しむことはなかったのかと叫ぶ青峰の声は、泣きそうに震えていた。
「……今も、ボクを斬りたい…ですか…?」
そんな青峰に向けられた、小さな問いかけ。
「…テツ…?」
「…青峰君、そんな顔をしないでください……キミが悲しそうにしてると、ボクまで苦しくなります」
止まらない涙に頬を濡らしながら、それでも黒子が浮かべていたのは、穏やかな微笑みだった。
「…だから、いいですよ」
「…テツ、お前…っ」
「…ボクを斬ってください。キミがそれを望むなら…」
終わらせて下さい、キミの手で。
そう言い終え、ゆっくりと目を閉じた黒子。
また新しい涙の滴が、その瞳の端から零れ落ちる。
そんな黒子を見下ろしながら、青峰は手放していた刀を再び引き寄せ――
「……テツ…テツ…っ、お前は、オレの…っ」
黒子の頭上めがけて、勢いよく振り下ろした。





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