6−2



熱に犯された体を持て余しながら、それでも何とかソファの上に身を起こした黒子。
執務を行う場所で衣服を乱している自分に今更ながら嫌悪感を覚え、シャツのボタンを留めようとするも、快楽の余韻に震える指先ではそれもままならない。
2度3度と失敗を繰り返す内、そんな黒子を見かねたのか、のばされた腕があった。
「…高尾君…?」
「ほら、やってやるから上向いてな」
羞恥と罪悪感からだろう、蚊の鳴くような小さな声ですみませんと謝罪を口にする黒子に、高尾は苦笑を浮かべた。
別に謝ることはない。うるんだ瞳や桃色に染まった頬を目の前にして、平静ではいられなかった自分を誤魔化す為の行動だったのだから。
下から順にボタンを留めていき、最後のひとつに取り掛かろうと、高尾の指が黒子の細い顎を掬い上げる。
「…っ」
火照った体に冷たい指先で触れられ、その刺激に黒子はきゅっと固く目を閉じた。
従順な子犬のようにあどけない、しかし多分に色を含んだ反応に高尾は思わず息を呑み――
「…いい加減、馴れ馴れしくしすぎじゃないっスか」
次の瞬間には、思いっきり手を叩き落されることになった。
「…黄瀬君、何するんですか」
それまで、2人のやりとりをただ黙って眺めていた黄瀬だったが、ついに我慢の限界を迎えたらしい。
非難めいた黒子の声を気にすることなく、その細い腰に腕をまわすと、自らの膝の上に抱き上げた。
「…えー、ちょっと心狭すぎなんじゃねぇ?」
「何とでも。黒子っちに関することで、譲る気はさらさらないっスからね。…この人に触れていいのは、オレ達だけっスよ」
整った容姿だけに凄みのある、黄瀬の一睨み。
これが並みの男であれば恐怖に震える事しかできなかっただろうが、そこはキセキの世代の中でもクセの強い緑間を直属の上司に持つ高尾である。
「…ふーん、来る者拒まず、去る者追わず、軍部で噂になるほど女ったらしな黄瀬中佐殿の言葉とは思えませんねー」
萎縮するどころか嫌味を口にしてみせた彼に、黄瀬は不快気に柳眉を寄せた。
腕の中、無表情でうつむく黒子にちらりと視線を向けてから、改めて高尾に向き直る。
「…どんな噂か知らないっスけど、好きであのバカ女共の相手してるわけじゃないし……ただ、あいつらで発散しないと、いつか黒子っちのこと壊しちゃいそうで」
ね、黒子っち?
そう甘く耳元で囁きながら、黄瀬は黒子の腹部に手をあて、自らを受け入れるその場所を、さも愛しげに撫で摩った。
この未だ幼さを残す――しかしすでに男に抱かれる悦びを知っている体は、自分のモノだと行為で示すように。
そんな黄瀬の意図を違うことなく理解したのだろう、黒子は羞恥に頬を染め、高尾は忌々しそうに舌打ちした。
「……壊しそうだって分かってるなら、解放してやれよ」
「はぁ?…アンタ、自分が何言ってるのか、分かってんの?」
ポツリと呟かれた高尾の言葉に、黄瀬の声が一段と低くなる。
「そっちこそ、自分たちがどんだけ歪んでるか分かってんだろ?…それとも何?見て見ぬふりしてんのかよ」
「高尾少尉っ!」
そのあまりに危険な発言に、黒子は顔色を真っ青に染めながら悲鳴を上げた。
「言葉を謹んでください、もうこれいじょ…っ」
これ以上、黄瀬を挑発するような真似はするなという黒子の警告は、最後まで紡がれることはなかった。
「…いい子だから、黒子っちは大人しくしてて。ね?」
「…っ」
黄瀬の大きな手が優しく、しかし有無を言わせない強引さで、黒子の口をふさいでしまったからだ。
自らの腕の中、震える事しかできないでいる黒子に優しげな眼差しを向けた黄瀬だったが、高尾に視線を戻した時彼が浮かべていた表情は、直前までとは別人かと思う程険しいものだった。
「…さっきも言ったけど、アンタほんといい度胸してるっスよね」
「まぁ、真ちゃんで鍛えられてるもんで?」
軽口を叩きながらも、黄瀬の本気の殺気を受けて、流石の高尾も背筋が震えるのを止めることが出来なかった。
恐怖を感じている自分を気取られまいと、真っ直ぐに黄瀬を睨み返す。
「…分かってて手放せない真ちゃんも真ちゃんだけどさー、都合の悪い事から目を反らし続けてるアンタらよりは全然いいかなー、って」
少なくともアイツは黒子を理解しようと努力してるし、その身も心も一番に思いやっている。
そう吐き捨てるように、高尾は言った。
人好きのする性格と大胆さをあわせ持つ高尾だ。普段から上官を上官とも思わぬ遠慮のない言動を繰り返し、キセキたちの前でも物怖じすることはないのだが、しかしそれは無知や愚かさからくることではない。
自分が成すこと、言葉にすること、彼はその意味や危険性を十分に理解した上で、許されるラインを見極めてきた――はずなのに。
「…アンタのこと、緑間っちは随分信頼してるみたいだし、優秀な部下だっていうから、今までは見逃してやったけど…」
自分たちキセキへの遠慮のなさ、そして何より、黒子に近すぎる存在であること。
「…いい加減、ガマンも限界なんスよ…」
黄瀬の表情も声色も、いっそ平静と呼べるものだった。
しかし、見る者が見れば分かる。今彼を支配しているのは、激しい怒りの感情だ。
黄瀬は息を吐く間もない素早さで黒子から手を離し、ソファから腰を上げ、腰元に仕込んだナイフに手を伸ばした。
それは、紛れもない戦闘態勢。
自らに向けられたすさまじい殺意に息を呑みながらも、そこはキセキの世代である緑間が認めた実力を持つ高尾だけに、黄瀬の攻撃を迎え撃つべく武器へと手をかけた。
しかし、基礎的な戦闘能力は黄瀬が高尾をはるかに上回っており、尚且つ高尾の本領は遠距離の狙撃であるから、接近戦では圧倒的に不利である。
それでも、ただではやられまいと持ち前の負けず嫌いを発揮し身構える高尾に、黄瀬は驚くべきスピードで距離を詰め―…
「黄瀬君、ダメ…っ!!」
悲鳴のような声が上がったのと、高尾が衝撃を感じたのはほぼ同時だった。
喉元を掴まれ、床にたたき伏せられ、眼前には振り上げられた大振りのナイフ。まさに高尾の命は風前の灯――だったはず。
「…黒子っち、危ないから離して!」
「嫌です!」
「黒子っち!!」
いつまで経ってもやってこないトドメの一撃に、いつの間にか閉じていた目をゆっくり開いた高尾の目の前。ナイフを掲げたままの黄瀬の背中に、黒子がしがみついていた。
「…黄瀬君、お願いですから…っ」
「…黒子っち、何で、何でこんな奴…っ」
自分の行動が黄瀬の怒りと――何より、高尾の言葉によってもたらされた動揺を更に煽ってしまうと分かっていながら、黒子は動かずにいられなかった。
大切な人が大切な人を傷つけること、それは何よりツライことだ。
「…頼むから、離れてて…っ」
黄瀬は、黒子を壊れ物の様に扱う普段の彼からは考えられないほどの強さで自らの胴にわまされた細い腕を掴みとり、身を捩った。
力で適わないことは、嫌という程に分かっている黒子だ。逆らうことなく、身をまかせたように見えたが――
「…くろ…っ」
次の瞬間、僅かな隙をつき、驚きに目を見張る黄瀬に、噛みつくようなキスをした。
混乱の中にあっても、黒子の甘い体臭とやわらかな唇の感触は、黄瀬の心をダイレクトに揺さぶった。
それが狙いなのは分かっている。全ては他の男の為に成された行為だと分かっている。
それでも、黄瀬には黒子を振り払うことができなかった。
「……ぁっ」
「…ズルい…ズルいよ、黒子っち…」
せめてもの意趣返しにと、黒子が苦しげに表情を歪めるまで激しく唇を貪り尽くした後、黄瀬はそう呟いた。
「…ごめ、…さい…っ」
「…本当に、ズルい…」
整わない息の合間に紡がれた謝罪の言葉に、黄瀬は本当に悲しそうな表情を浮かべ、黒子を抱き締めた。
「…黒子っち、オレは本当に、黒子っちのことが大切なだけなんス」
「…ボクも、黄瀬君のこと、大切に想ってますよ」
「黒子っちを苦しめたいわけじゃなくて…でも、どうしたらいいか分からなくて…っ」
「…分かってます、分かってますから…」
自らを抱きしめる男の、自分よりもずっとずっと大きな背中を子供にするように優しく撫でてやりながら、黒子は小さく微笑んだ。
「…高尾君と仕事の話をさせてください。その代わり、今夜は何があっても、黄瀬君の部屋に行きます」
「…青峰っちに声をかけられても、オレのとこ来てくれる?」
「はい」
「…赤司に言われても?」
「……はい。約束します」
黄瀬を真っ直ぐに見つめてくる黒子の大きな瞳は、一点の曇りもなく、どこまでも澄んでいる。
黄瀬が何より愛する、この世界で最も美しく気高いモノが、そこにあった。
それから、もう一度黒子へとキスを与え、高尾に鋭い一瞥を残して、黄瀬は執務室を後にした。
彼の存在が遠ざかり、完全に気配が消えてから、ようやく高尾は体の力を抜いた。
「…はぁ、マジで死ぬかと思った」
「…死ぬかと思ったじゃないですよ」
気が抜けたのか、床の上に大の字に寝転がる高尾の傍らにしゃがみこんだ黒子が口にした台詞は、随分と恨みがましいものだった。
「…キミらしくもないです。言っていいことと悪いことの区別くらい、つくでしょうに」
「……の、はずだったんだけどな。でも、仕方ねーじゃん?」
オレさ、自分が思っているより、お前のこと好きだったみたいなんだよなー。
「…だからさー、黄瀬がお前のこと自分の所有物みたく扱うの、ガマンできなく…て、イッテーんだけど!」
「…痛くしてるんですよ、バカ…」
高尾の頬をつねりながら黒子が浮かべていたのは、泣き笑いの表情だった。





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