4−3



瀟洒なつくりの、いかにも高級そうなブティック。今は『CLOSE』の看板が出ていたが、それに構わず正面のドアを開け放つ。
「…申し訳ありません、まだ準備……………って、テツくーん!!!!」
その途端、桃色の長い髪をなびかせて、彼女は黒子へと抱きついた。
「…っ、お久しぶりです、桃井さん」
「…ほんと、相変わらず黒子っち一直線っスねぇ」
黄瀬は苦笑を浮かべながら、女性にしては長身の彼女――『桃井さん』の渾身の体当たりを受けてふらついた黒子の背に手を回し、その体を支えてやっている。
こういうさりげない心遣いが出来るあたり、さすが裏社会随一のモテ男は違うなぁ、と妙に感心してしまった。
…いや、でも、黒子一直線うんぬんに関しては、人のこと言えないだろうお前。
「ほんとお久しぶりすぎるよ!…テツ君、全然会いに来てくれないんだもん」
テツ君不足で死んじゃうかと思ったよー、そう言いながら黒子の腕に自分のそれを絡めた桃井に、オレは目を白黒させることしかできない。
…なんだ、この人、一体誰なんだ。
超絶美人で、しかも巨乳。そんな彼女と――いや、そもそも女性と黒子との組み合わせが、意外というか新鮮というか…。
「それでそれで?今日はゆっくりしてけるの?久しぶりにゆっくり話したいし、できればご飯もいっしょに…」
「…すみません、今日は純粋に、買い物にきただけなんです」
「…買い物?テツ君が自分から服買いに来るなんて、珍しいね」
綺麗にカールさせた睫をパチパチと瞬かせる桃井だったが、次の瞬間には、その綺麗な顔に満面の笑みが広がっていった。
「…でも、うちの店を選んでくれたなんて、すっごく嬉しい!大丈夫、私にまかせて!テツ君のこと絶対に可愛くしてみせるから!…あ、別に今のテツ君が可愛くないって訳じゃなくて、もっともっと、テツ君の姿をひと目見ただけで、この世の全てが平伏しちゃうくらい可愛くしちゃうぞ、ってことだからね!…そうね、レースとかリボンとかもっといっぱい使って、色はやっぱりピンク……ハっ!ってことは、テツ君が私色に染まっちゃう?……って、やだ、もう!何言ってんだろ私っ!!」
きゃーっ!と黄色い悲鳴を上げながら、マシンガントークの末、顔を両手で覆ってしまった桃井の勢いに、流石の黒子と黄瀬も押され気味のようだ……ヤベ、オレ今、すっげぇ珍しいもの見ちゃってる気がする。
「……あの、桃井さん?」
「…はっ、私ったら、テツ君の相変わらずの可愛さに、ついつい暴走を……ごめんね、テツ君、今すぐ準備するから」
とりあえず、必需品のテディベアを持ってくるね――一体どんな服を着せようとしているのか、そう言い残し立ち去ろうとした桃井の腕を掴み、黒子が慌てて引き留めた。
「も、桃井さん、ちょっと待ってください、今日はボクじゃなくて…」
「きゃあ!テツ君に手握ってもらっちゃったラッキー!…もう、相変わらずお肌スベスベだし!」
「…あの、そろそろ話を聞いてもらっていいですかね?」
「もちろんだよー、私がテツ君の言葉を聞かないわけないじゃない!」
「…えと、その辺のツッコみはしませんからね?」
困ったように笑いながら、それでも親しみと信頼に満ちた眼差しで桃井を見つめていた黒子の視線が、ふとそらされる。
向けられた先にいたのは――え、オレ?
「お願いしたいのは、彼なんです」
「……彼?」
そこでようやく、桃井もオレの存在に気が付いたようだ。
大きな2対の瞳に見つめられ、オレは思わず息を呑む。
…うわ、なんか、すげぇ。
水色と桃色という、いかにも少女好みな色合いのせいか、愛らしくも美しい2人が並び立っている姿は、まるで揃いの人形のようだった。
2人を飾り立ててショーウィンドーに飾ったら、綺麗なものが好きな女子は勿論のこと、誰もが足を止めずにはいられないだろう。
「…見かけない顔だけど、この子もテツ君の?」
「いいえ、違いますよ」
「だよねぇ、テツ君のタイプではない感じだもんね」
…アレ、ちょっと待てオレ。何でちょっとショック受けてるんだよ!?
「…そうでもないですよ」
――え?
「…そうなの?」
「彼、体形なんかはボクとそう変わらないですけど、こう見えて、勇敢な人ですから」
…さらにちょっと待てオレ。何で、ちょっと嬉しいとか思っちゃってるんだよ!?
「…ふーん、何か意外。テツ君って、大ちゃんみたいに、ちょっとオレ様系はいってて、ワイルドな感じの男の人が好きなのかと思ってたから…」
「えー、異議ありっスよそれ。黒子っちには、キラキラした王子様タイプが似合うと思うんスよね…ほら、オレみたいな?ね、黒子っち!」
「…それ自分で言っちゃうのが、流石きーちゃんって感じだよね。…てゆーか、きーちゃんも何だかんだで野獣君だと思うんだけどな…」
仲良さ気な黄瀬とのやりとりといい、黒子へのダイレクト過ぎるラブコールといい……ホント、何者なんだこの人。
思わず訝しげな表情を浮かべたオレの視線に気づいたのか、桃井は改めてオレに向き合うと、にっこり笑いながら自らの名を口にした。
「はじめまして、桃井さつきです。一応このブティックのオーナーで、テツ君やきーちゃんとは古馴染みなの」
黒子達と関わりがある以上、裏社会の人間ではあるんだろうが、そうとは思えないほど礼儀正しく優しい対応に、ちょっと感動すらしてしまった……良かった、まともな人がいて。
ひとしきり感動してからようやく我に返り、慌ててオレも名乗り返す。
「…ふーん、降旗君かぁ…」
「実は、ボクのせいで彼のスーツをダメにしてしまって…新しいものを見繕ってもらえますか?」
黒子本人の服を買いに来たのではないと分かり、ガックリとうなだれていた桃井だったが、「お願いします。桃井さんにしか頼めないんです…」そう黒子に懇願された瞬間、再びテンションは急上昇。
…うん、まぁ、あの小首を傾げながらの上目使いは反則だと思うけど、あまりに現金すぎやしませんかね。
まかせて、テツ君の為なら何でもするよ!と周りにキラキラとお花を飛ばしている姿は、黄瀬そっくりだ。
…やっぱすごいんだな黒子って。オレだったら、こんな奴らに囲まれたら、3日ももたずに心労で倒れそうだ。
思わず遠い目になったオレに、そのすごい奴が優しく微笑みかけてくる。
「では、降旗君、フィッティングルームへお願いします」
「え?あ、う、うん…っ」
「緊張しないでも大丈夫ですよ。桃井さんのセンスは確かですし、優しい人ですから……とても青峰君の幼馴染とは思えないくらいです」
「…え?青峰って、あの青峰?……マジかよ」
「ね、意外でしょう?」
いたずらっぽく笑う黒子にちょっとドキドキしながらも、告げられた事実に素直に驚愕した。
目の前で明るい笑みを浮かべる彼女と、凶悪な顔をした色黒の男が、全く結びつかなかったからだ。
…しかしこれで、黒子達と親しげにしていた理由も納得できた。
「…なるほど、青峰の女だったわけか…」
そんなセリフを思わず口にした、その途端――ピシリ、と音を立てて、その場の空気が凍りついた。
「………え?」
冷気の発信源は、黒子…ではなく、黄瀬ですらない。
「…降旗君?」
「…は、はいっ!?」
絶対零度の笑みを浮かべた桃井に名を呼ばれ、全身から嫌な汗が噴き出した。
「…もし今度同じ事言ったら、キミが何歳までおねしょしてたとか今までにしでかした最も恥ずかしい失敗だとか上司や同僚には隠してる性癖だとか頻度の高い夜のオカズは何なのかとか、そこら辺のこと全部調べ上げてネットに公表しちゃうから、気を付けてね」
語尾に☆がつきそうなくらいの軽い口調ではあったが、桃井の妙な迫力に完全にのまれ、声も出せずにコクコクと首を縦に振ることしかできなかった。
「…分かってくれればいいの。私と大ちゃんは、本気でただの幼馴染だからね。いやむしろ、テツ君を巡っての恋敵なんだから!…そこら辺のこと、忘れないでね?」
じゃあ私は先に行って準備してるねー、と言い残し、桃井の姿が完全に別室に消えてから、ようやくオレは体の力を抜くことができた。
……何がまともで優しい人間だよ。ふっつーに怖いじゃん!!
思いがけないダメージに、ダウン寸前のオレ。
そんなオレを憐れむような眼差しで見つめながら、黒子が小さな声で呟いた。
「…ここにいたのが桃井さんだけで良かったです。もし青峰君もいたら、今頃降旗君の頭が、吹っ飛んでたかもしれません」
「…えぇっ!?」
「…桃っちと青峰っち、普通に仲は良いんスけどねぇ……手間がかかったり口うるさかったり、嫌いじゃないけど面倒な肉親同然の相手と男女の仲を疑われるほど、不快なことはないって、いっつも言ってるっスから…」
……いやいやいやいや、そういうことは早く言ってくださいお願いだから!





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