4−2



ボコられ、切り刻まれ、そして海に沈められる。
思い描いた自分の絶望的な未来予測に膝が震え、立ち上がることもできやしない。
…どうにかして逃げられないかな、いやムリかな、ムリだろうな、うん。
だってあの赤司――政界や警察内部にまで影響力を持つ、まさにエンペラーと呼ぶにふさわしい男が大事に大事にしている愛人と接触して、会話までして、あまつさえその細い指がオレの頬に…
「って、えぇっ!?」
何してんだと上ずった悲鳴を上げながら、黒子テツヤの腕から逃れるように、慌てて距離を取った。
「…なにって、手当をしないと…」
まだ血が止まってないんですよと困ったように小首をかしげる彼の表情が悲し気なのは、おそらく気のせいじゃないだろう。
…うん。オレのせいだよな。触れようとした相手に逃げられたら、そりゃショックに決まってる。
「…だ、大丈夫!ぜんぜん問題なし!」
だから、捨てられた子犬みたいな眼でこっち見るの、やめてクダサイ。
まさかそんな本音を口にするわけにもいかず、立ち上がって元気アピールを試みる。
当然そんなことでは納得できなかったのだろう、黒子テツヤは僅かに唇を尖らせながらも、分かりましたと無理強いすることなく引いてくれた。
…なんだ、噂では中々クセのある人物だと聞いていたけど、優しくて素直ないい奴じゃないか。
むしろ小動物のような外見からは、屈強な男たちを手玉に取る姿を想像する方が難しいくらいだ。
「えと、黒子…さん」
「呼び捨てでいいですよ。火神君もそうですし」
いやいや、アイツといっしょにされても…。
自慢じゃないが、オレにはお前を取り巻く男たちにケンカを売るような、根性や勇気や実力、そして無鉄砲さはカケラもないんだからな。
しかし、あえてそれを伝える必要はないだろう。どうせこの場限り、今後オレと彼とが接点を持つことはないはずだし……うん、むしろあっては困りますから。
「と、とにかくオレはこれで!…で、できれば、今日あったことは誰にも言わないでくれると嬉しかったりするかなぁ、なんて」
ダメ元でそんな願いを口にしながら、さっさと黒子テツヤに背を向け歩き出そうとした――が、
「……え?」
腕を掴まれ、それ以上先に進むことができなかった。
「な、なんですか!?」
「…告白」
「へ?」
「降旗君、告白するんですよね、今日」
真剣な表情で告げられた内容が一瞬できず、思わず間抜けな声をあげたオレの手を、黒子テツヤはきゅっと握ってくる。
わぁ、すごい、手まで綺麗なんですね……って、そうじゃなくって!
「な、なんでそれを…」
「さっきキミが言ってたんですよ『今日は告白するのやめた方がいいのかな』って」
…うあぁ、何言っちゃてんだオレ。バカだ。ほんとバカだ。
「…すみません、全部ボクのせいですよね。だから…」
キリっと、真ん丸でデッカイ瞳に精いっぱいなのだろう鋭さを宿し(それでも怒った子犬並みの迫力しかないが)黒子テツヤは必死に訴えてくる。
「お願いです。お詫びをさせてください。せめて、ボロボロになったスーツの弁償だけでも」
…あぁ、なんていい奴なんだ。
もしオレ達がそれぞれ刑事とマフィアの愛人という立場じゃなくて、たとえば普通の学生だったりしたら、きっと仲の良い友達になれただろう。
だがしかし、もしもの話をしても意味ないわけで…純粋な好意を突っぱねるのは心が痛むが、ここはきっぱり断らなくては。主に、オレの明るい未来のために。
「せ、せっかくだけど…」
「待ち合わせは、何時なんですか?」
「え?あ、夕方の5時…」
「良かった。時間はたっぷりありますね」
……うわぁぁぁ!なに正直に答えてるんだよ、このバカ!!
これで「悪いけど、時間がないから」なんて言い訳、使えなくなったじゃん!!
「そう心配そうな顔しないでください。大丈夫、いいお店を知ってるんです」
「く、黒子さ…」
「だから、黒子でいいですって」
オレの言いたいのはそんなこっちゃないんだと喉元まで言葉が出かかったが、そいつ――黒子の邪気のない笑顔を前に、それ以上何もいう事が出来なかった。




「……くぅぅぅぅぅろこっちぃぃぃぃぃぃ…っ!!!!!」
あぁ、遠くからデカくてキラキラした男が、恐ろしいほどのスピードで駆け寄ってくる。
…黒子に呼び出されたそいつが誰かなんて、考えたくもない。
「もう!いつもいつも、突然いなくなるんだから!」
心配したんスよー!と情けない涙声で訴えながら、自称黒子の犬で、赤司のファミリーの幹部でもある黄瀬は、全力で黒子に抱きついた。
「…黄瀬君、苦しい、です…っ」
「だってだって!強く抱きしめてないと、黒子っちまたどっか行っちゃいそうなんスもん!」
「わかりました、ボクが悪かったですから…」
自分よりひと回りもふた回りも小さな体を腕に抱きしめ、スリスリと水色の髪に頬を寄せる様子は、まさにご主人様命な大型犬そのものだ。
黒子も黒子で、よしよしと黄瀬の広い背中を撫でてやっているものだから、ますます『ご主人さまと愛犬の図』に見えてくる。
…人と人の関係に主人だのペットだのを当てはめるなんて、モラル的にどうかと思ってたはずなんだけどな。少なくとも目の前の2人に関して言えば、その恵まれた容姿のせいか、はたまた双方が幸せそうだからか、嫌悪感よりはむしろ微笑ましさすら感じてしまった。
…あぁ、いや、正直にいうとそれだけでなく、なんかこう、倒錯的なエロスを感じるというかなんというか…。
「……で、こいつは一体何なんスか?」
なんでお前みたいな奴が黒子っちといっしょにいるんだと続いた、低い声。
一瞬、黄瀬が発した台詞だと、気付くことができなかった。
…えぇっ!?直前までのあのあまったる〜い声は、一体どこにやっちゃったの!?
蜂蜜のように蕩けていた山吹色の瞳も、今は人の本能に訴えかける警告色にしか見えない。
「…え、えっと…っ」
ワンコ改め攻撃モードの野獣を前に、一体何ができようか。
オレは涙目になりながら、ただ一歩二歩と、その場で後ずさった。
「…もう、すぐにそうやって攻撃的になるの、やめて下さいって言ったじゃないですか」
黄瀬君は、何回言っても言う事聞いてくれない、悪い子です。
ぷくっと白い頬を膨らませた黒子に、慌てて視線を戻す黄瀬。
もちろん、黒子に向けられた表情は緩みきった情けないもので、その従順さに、驚愕を通り越して呆れてしまう。
「なっ!?…だって、こんな訳のわからない男が黒子っちといっしょにいたら、心配するに決まってるじゃないっスかぁ!」
「訳わからなくないです。降旗君は刑事さんで、火神君の同僚なんですよ?」
「もっと悪いっスよ!!」
よりによってアイツと繋がりのある野郎だなんて…そう呟きながら、黄瀬は柳眉をしかめた。
「…赤司っちが知ったら、黒子っち、また怒られちゃうよ?」
「それ、は…」
アイツにはもう関わるなって、そう言われたでしょ?
長身をかがめた黄瀬は黒子の瞳を覗き込みながら、ゆっくりゆっくり、まるで小さい子供に言い聞かせるように、言葉を紡ぐ。
「…でも、ボクは彼に…」
「…何があったのかは知らないけど、黒子っちの為にならない存在を、オレが認めるわけにはいかないっスよ」
「…どうしても、ダメですか?」
「絶対、ダーメ」
キッパリ宣言してみせる黄瀬に、黒子はその長い睫を伏せ、そして、
「…わかりました……なら、灰崎君に頼むことにします」
「…ちょっ!?何でその名前がでるんスか!?」
黄瀬の絶叫は、奇しくもオレの気持ちを代弁したものだった。
灰崎祥吾。赤司が抱える部下の中でも、一際残虐で暴力的だと噂される男。
黒子よ、そんな奴に一体何をさせるつもりなのか。
「…灰崎君って、黄瀬君や青峰君と仲悪いじゃないですか。だから、黄瀬君達には内緒のお願い事をすると、喜んで手を貸してくれるんです」
いつものことですよと飄々と言ってのける黒子に、黄瀬はギリギリと歯を噛みしめている。
「…あ、の、野、郎…っ」
いつの間にか黒子っちに取り入りやがって!と悔しそうな黄瀬。
……あ、裏をかかれた事とか、うまい具合にあしらわれた事じゃなくて、怒るポイントはあくまでそこなんだ。
「もう!あいつに関わるのダメ絶対!黒子っちが汚される!」
「…灰崎君ごときに汚されるほど、元々ボクは綺麗じゃないですし…」
ごときとかさりげなく酷い事を言いながら、黒子はチラリと黄瀬を横目で見つめた。
「…で、どうします?」
ボクは絶対引く気ないですからね。そう宣言する黒子に黄瀬はしばらく頭を抱えていたが、やがて諦めたのか、大きなため息をついた。
「…黒子っちが本気になったら、オレが止められるわけないじゃないっスか…」
「…ありがとうございます!」
黄瀬君大好きですと黒子の方から抱きつかれて、こんな状況だというのに、黄瀬は嬉しそうに頬を緩ませている…ほんと、ブレない奴。
いやいや、そんなことより……今気付いた。黒子と黄瀬がもめてる間に、逃げちゃえばよかったんだよな、オレの大馬鹿!!
本日何度目か、またまた自分へと罵倒を浴びせるハメになったオレに、黄瀬が絶対零度の視線を向けてくる。
…こわいこわいこわいこわい!…ほんともう、勘弁してください。
「…で?降旗クン…だっけ?こいつを、どうすればいいんスか?」
黄瀬の腕の中、黒子は怯えることしかできないオレに向かって、にっこりほほ笑んだ。
「とりあえず、桃井さんのお店へ行きましょう」





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