「え、バレンタインデーって女の子が男の子にチョコレートを渡す日なんじゃないの?」

 ぱちぱちと大きな目が瞬きを二回する。むしろ驚いたのは僕の方だというのに。東洋のマグルの世界には、イギリスとは違う文化になっているようだった。

「そっか…母さんが言うからてっきり万国共通認識だとばっかり」
「先輩の母上は東洋のマグル生まれでしょう…そもそも魔法界とマグル界の文化自体違うだろうに、なんであなたは学習しないんですか」
「い、いいじゃない別に!」

 頬を膨らませた名前先輩はプイとそっぽを向いてしまう。
 つくづく、この人は良くも悪くもスリザリン寮向きの性格ではない。そんなことを考えていると足元で屋敷しもべ妖精がおろおろと僕たちの顔色を窺っていることに気付く。それと同時に、僕たちは今厨房に立っていることを思い出した。



「これはこれは名字のお嬢さん。今日はおひとりではないんですね」

 スリザリンの談話室から僕を連れ出し、迷うことなく地下廊下をずんずんと進んでいった先輩は、一つの絵画の前で立ち止まり、その絵に描かれた梨をくすぐった。開けた扉の先で顔をのぞかせたのは複数の屋敷しもべ妖精。ぐつぐつと音を鳴らす大なべから食欲をそそる香りが鼻を抜けていく。

「父さんがハッフルパフ寮の卒業生で、よく厨房に遊びにきていたから教えてもらったの」

 悪戯が成功したかのように前歯を光らせて笑う先輩は、声をかけてきたしもべ妖精に「頼んでおいたものはあるかな?」と訊ねた。もちろん、と頷くしもべ妖精のフィンガースナップと共に、調理台の上に現れたチョコレートの山と調理器具。
 それを見た先輩は満足げに一つ頷くと、僕の方に向き直って口を開いた。

「今日はバレンタインデーだから、レギュラスにチョコレートのお菓子を作ってあげる!」
「え…何でですか?」

 純粋に疑問に思い、そう口にしただけだったのに、先輩にとっては予想外の反応だったらしい。そして冒頭に戻る。



「せっかくレギュラスにチョコあげようと思って…厨房のみんなに協力してもらって材料と時間と場所用意してもらったのに…」

 唇を尖らせ頬を膨らませ、完全に拗ねている先輩は、東洋の血が流れていることを差し引いたとしても幼く見える。言うとさらに機嫌がこじれることは経験上よくわかっているけれど、

「…誰も食べないなんて言ってないじゃないですか」
「…え、」

 そんな名前先輩が可愛いなどと思ってしまう僕も大概、彼女に絆されているのだろう。

「作ってくれるんでしょう、チョコレート菓子」
「えっ、ほんと?もらってくれる?」

 ぱあ、と表情を明るくさせた先輩はやはりどこか幼く見える。これは顔立ちの問題ではなく、スリザリン寮の代名詞である「狡猾」に一文字もかすっていないような彼女の性格による補正が大きいのだろうか。

「ところで先輩って、お菓子というか料理できるんですか?」

 ふと、気付いて疑問を口にすると、上機嫌にチョコレート菓子の名前(だと思う。僕はあまり食べないからよく知らない名前ばかりだ)を並べたてる先輩は口を噤んだ。
 僕が知っている先輩は、唯一箒を操ることだけが取り柄のような少なくとも魔法薬学だとか変身学だとか細かく精密な動作が人並み以下にしかできないような不器用な魔女だったと記憶している。
 この厨房を黒焦げにしてしまったらさすがにまずいのではないかという危惧も込めて訊ねたのだが、彼女は一瞬目を見開くと、途端にじっとりと僕の顔をねめつけた。

「何でちょっと疑ってるの?!母さんがお嫁に行くなら料理くらい魔法に頼らず作れなきゃダメとか言うから、普通に作れるよ!」
「え、魔法使わないんですか」
「使いません!」

 ちょっとではなくだいぶ疑っていたのだが、どうやら杞憂だったらしい。まあ、むしろ魔法を使われる方が危なかったかもしれない。何せ羽ペンを鳥に変えるだけなのに、教科書を巻き込んで爆発させるような人だ。
 先ほどから表情の変化が忙しない彼女は、未だ拗ねたような顔でエプロンを手に取り身に着ける。そんな横顔に向かって、僕は努めて平然と口を開いた。

「じゃあ、僕一人で出来る気がしないんで、作り方教えてください」
「え…?なんでレギュラスも作るの?」
「待ってるだけじゃ、手持無沙汰ですから。だめですか?」
「い、いいけど…ここのみんなに頼めばお菓子とか紅茶とか出してくれるよ?」
「…あとで一緒に、という考えに至らないんですか」
「…うん、それもそっか」

 珍しくレギュラスがデレるから私びっくりだよ、と、微かに紅がさした頬を緩ませる先輩を横目に、板状になったチョコレートを一つ、手に取ってみる。
 ――イギリスではバレンタインデーは男から愛する女性に贈り物をすることも普通だなんて、たぶんこの人は知らない。僕が今日の為に用意したカードや花束の存在だって、きっと考えてもみないはず。
 さきほどの不機嫌さはどこへ行ったのか随分と楽しそうに調理器具を手にする先輩のこの後の反応が目に浮かぶようで、僕の口角もなんだか緩みそうになる。
 らしくないとは思っても、この人に絆された時点で仕方がないかと、満更でもない自分がいるのは、僕が一番よくわかっていることだ。

(2016/03/21)

バレンタインとっくに過ぎてるのにバレンタインネタですみません。
リクエストありがとうございました!



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