「中森さんってどこの駅で降りるんスか?」
「あ、うん…次の駅だけど」

 切原くんからの問いにそう答えると、彼は何やら嬉しそうな顔をして、自分も同じ駅を使ってるのだと笑った。

「あ、そうなんだ」
「改札はどっち使ってます?」
「北口」
「あらら残念、俺南なんですよね。北口ってことは、丸井先輩と同じッスね」
「…え、そうなの?」
「おー」

 切原くんの言葉に振り向くと、丸井くんは軽い調子で頷いた。

「そうだったんだ…駅まで一緒なのに、なんで丸一年間会わなかったんだろうね」
「単にタイミング悪かっただけだろぃ。大学が一緒なわけじゃないしな」
「それもそうだね」
「俺も、この間丸井先輩とキャンパスで会ったときはびっくりしましたもん」

 中高とテニス部で先輩後輩で、そこそこ仲がよかった二人は、それでもお互いに進学した大学を知らなかったらしい。再会したのもつい最近で、しかも偶然なんだとか。男子の人間関係とは総じてそんなものなのだろうか。サバサバしているというか、無頓着というか。その割にはすぐに仲良くできたり…。
 ホームに電車が滑り込む。いつもなら一人で降り立つところに、隣で並ぶ誰かがいるのはなんだか変な感じがした。

「じゃ、俺こっちなんで!」
「バイバイ切原くん」
「じゃあな」

 ホームからの階段を上りきったところで切原くんは軽い会釈を残し、反対方向の改札へと走り去っていった。なんというか、元気な子だ。

「家、こっから近いの?」
「えっ…あ、えっと、改札出て、歩いて15分くらいかな」
「もしかしてあのマンションのあたり?」
「ああ、近くだよ。マンションじゃなくて、小さいアパートだけど」
「一人暮らしだよな」
「うん」

 改札を通りながら会話を続ける。

「丸井くんは?」
「俺も一人暮らし。たぶん中森の家のちょい先」
「…もしかしなくても、近くに住んでる?」
「もしかしなくても、たぶんな」

 丸井くんの言葉に、お互い顔を見合わせて苦笑した。大学が近いだけでなく、まさか下宿先まで近いとはさすがに思わなかった。これではこの一年間、ただの一度も出会わなかったことの方がおかしいくらいだった。

「あ、私買い物して帰るから」
「おーそっか。じゃあまたな」
「うん」

 足を止めた私を振り返った丸井くんは、ひらりと手を振ってから踵を返した。

“またな”

 また、会うことを前提とした言葉。さらりと自然に彼の口から出た言葉にむずがゆくなりながら、私も口を開く。

「またね、丸井くん」

 私が発した台詞は、返事というにはあまりにも小さく、丸井くんには届かないままに駅前の雑踏に溶けて消えていった。



「…あ、しまった…メアドくらい聞いときゃよかったか」

 ちらりと振り返り、そのまま雑踏の中に遠ざかっていく背中を見送りから、あっと思い立って少しだけ後悔した。
 踵を返して家路を進む。特に何かあるわけでもないが、スマホを取り出してSNSアプリを起動する。
 大学の同期や高校の友人たちのリアルタイムのつぶやきを目で追い、適当なものにコメントを飛ばす。明日レポート提出忘れないようにしないといけねぇな、と未だ終わっていないらしい同期の悲痛な言葉に苦笑しながら考えていると、インカメの横のライトが点滅し始めた。
 SNSを閉じ、メールアプリを開く。トーク画面の先頭に、先ほど別れたばかりの人物の名前があった。

『中森さんの連絡先教えてくださいッス!』

 奇妙なキャラクターが土下座をしているスタンプに視線がいく。既読が付いてしまった以上、返事を待たせるわけにはいかない。素早く文字を打ち込んだ。

『わりぃ、俺も知らねぇ』
『えっ!何で?!トモダチなんですよね?!』
『久しぶりに会ったしな』
『じゃあ今度聞いたらオレにも教えてくださいよ』

 巧妙に謎のスタンプを挟んで送ってくる赤也のそのスピードの速さに一瞬で疲れ、『OK』とスタンプだけで返事をする。
 ふと気になって、閉じかけたトーク画面にもう一度目を落とす。

『なんであいつの連絡先知りたいんだよ?』

 既読はすぐについた。しかし先ほどまでのテンポより幾分か遅れて、そしてようやく返事がきた。

『いや…可愛いなと思っただけッス…』
『あ待って 今のなし!』
『中森さんには言わないでくださいよ!!!』

 照れ隠しなのか、スタンプを連打してくる赤也に『ふうん…わかった』とだけ返事をして今度こそアプリを終了する。
 可愛い、か。確かに高校の頃に比べ、かなり垢ぬけた彼女は可愛いと思う。ただ、少しだけ、喉のあたりに小骨が引っかかったような気分になるのは俺が気にしすぎなのだろうか。
…まあ、もう時効か。あれから4年が経とうとしている。

「4年か…早ぇな」

 雑踏を抜けた道では、独り言が少し大きく感じる。スマホをジーンズのポケットに突っ込み、空を見上げる。オレンジ色が群青色と混じりながら、夜が近いことを知らせている。
 とりあえず、次に会った時は連絡先交換すっか、なんて、次にいつ会えるかもわからないのに勝手に決める。何となくだけど、また近いうちに会えるような、そんな気がした。



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