大学生活にも随分と慣れた、東京でむかえる二度目の春。

「由依、今日どうする?」

 午前最後の授業が終わり、教授が講義室を立ち去ると同時に訪れる喧騒の中、待ちかねたように勢いよく立ち上がったアヤちゃんが訊ねてきた。

「私はお昼食べてから帰ろうと思うんだけど。食べて帰る?」
「んー、私はいいや。レポートの続き、家にあるから終わらせちゃう」
「そっか、わかった」

 じゃーアユミたち誘おうかな。そんなことをこぼしつつ、じゃあね、とあっさり立ち去っていく友人の後ろ姿を見送ってから、私は机の上の教科書とノートを適当にかき集めて席を立った。

 午後、急遽休講になったためか、講義室は妙に浮足立っているようだった。友人と一緒に昼食、というのも魅力的ではあったが、きっとおしゃべりに花が咲いてしまって結局帰りが遅くなってしまうだろう。レポートをやりたいというのは本心なので、今日のところはおとなしく直帰しようと決めていた。
 特に広くも狭くもないキャンパス内を一人で歩く。その途中でアユミちゃんたちと合流したらしいアヤちゃんと再び出会い、手を振りながらすれ違う。
 花びらはほとんど落ち、徐々に緑色変わっていった桜の木が落とす影を踏みながら、大学の敷地から人の波に乗って外に出た。

 私が通うT大学は都内にある医療系大学だ。都内とはいえ都会のど真ん中というわけでもなく、立地は可も不可もなくといったところだ。ただ近隣に他大学のキャンパスが多いと言えば多いかもしれない。
 駅まで約15分。その道のりの間にも、すれ違い、追い抜き、追い越していく人並みのほとんどは、時間帯を差し引いても自分とほとんど年の変わらない学生風の人ばかりだ。

 途中で捕まった赤信号に足を止める。重い教科書でずり落ちかけた鞄を肩にかけ直しながら自然とため息が溢れた。頑張って持ってきた教科書たちも無駄になってしまった。当日の朝に休講の掲示が出されるなんてとことんツイてない。誰にともなく胸中で愚痴をこぼしながら、青に変わった信号と同時に再び白線を踏みながら歩きだした。


 駅のホームは、午後の講義がある日の帰りよりは空いていたけれど、それでもやはり人が少ないわけではなかった。いつもの乗車口の線の前に立つ。すぐに電車の到着アナウンスが頭上で響く。
 ホームに滑り込んでくる電車による風で巻き上げられた髪を左手で押さえながら、ふと顔をあげた。

「…?」

 その時だった。
 止まった電車。開く扉。流れ出す人並みと、流れ入る人並みの中。視界に入った隣の車両に乗り込む人の姿。
 駅のホームは満員とまではいかずともそれなりに人の波は大きいはずなのに、どうしてその中から一瞬で見つけ出せてしまうのか。

 …見間違うはずなんて、ない。

 そう断言できてしまうことに、胸の奥がぎゅっと痛んだ。乱れた髪をそのままに、左手が胸の前に自然とおりる。手のひらから伝わる心拍がいつもよりも幾分か早く、その早さにうっすらと手に汗をかいた。
 けれどその一瞬で、見間違いであってほしいと願う自分がどこかにいることに気づく。 だって、こんなところにいるはずがない。自分が都合のいいように解釈しながら、そんなに必死に否定するようなことなのか。…自問自答をしてみても、すぐに答えは出てこない。ただ、思っていた以上に、いろんな意味で、私は昔の私をまだ引きずっていたということなのだろう。
 電車に乗り込むと同時に、車両と車両の間の扉が空いていることに気づき、そちらに体を滑り込ませる。向こう側を覗き込んだ現実を見るのが怖くて、私は顔を背けた。

 まさかこちらを向けられている視線があるなど思いもしない私を乗せたまま、電車はゆっくりと走り出した。



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