当番三日目の今日、何故か花壇には先客がいた。

(…なんでここにいるの?)

 今日は何故かあの橙色のユニフォームではなく、普通に夏服である。しかし、こう連日見かけると嫌でも覚えてしまう、銀髪が生暖かい風にさらさらと吹かれている。傍らにテニスバッグを立て、花壇の前にしゃがみこんですらっとした細身の背中を丸めた仁王くんは、どうやら花たちを眺めているようだが、顔が見えるわけではないもののどうも花を観察しに来たというよりぼーっとしている雰囲気が漂っている気がする。というか、部活は一体どうしたのか。

 じょうろを持ったままなんとなく近づけずにいると、ぴくりと仁王くんの肩が揺れ、ゆっくりとこちらを振り返る。視線が重なる。途端に脈打つ心臓。

「…お前さんか」

「…仁王…くん」

 ずっと立ち止まっているわけにもいかないので、仁王くんの方へ歩を向ける。
 仁王くんはちらっと、こちらの手にあるじょうろを見ると、あの細い指でそれを示す。

「それ、当番なんか?」

 そう彼は訊ねた。

「あ、うん。今週、美化委員の当番で…」
「ほー、そうか」

 自分から聞いておいて、興味があるんだかないんだかわからない返事を寄越し、仁王くんは何やらじろじろと人の顔を覗き込んできた。私は植物じゃないんだから観察なんてしないで欲しい。なるべく何でもないという顔でじょうろを花たちに傾ける。

「…」
「…」

 しかしいい加減沈黙が辛くなってきた。なんで彼はこんなところにいるんだろう。部活はどうしたんだろう。
 何か言ったほうがいいのか、思案していたが、先に口を開いたのは仁王くんの方だった。

「お前さんの好きな花はなんじゃ?」
「え?」

 あまりにも唐突な質問にじょうろを傾ける手が止まる。
 立ったまま水をやっていたため、しゃがんでいる仁王くんに見上げられる形になる。そうか、美形が上目遣いをすると色っぽくなるんだな、とか場違いなことが一瞬頭をよぎる。

「…好きな、花?」
「花の世話、熱心にしちょるし、なんかあるんじゃなか?」
「…」

 熱心か?そんな私の声が聞こえたかのように、仁王くんは「昨日雑草取りしたんじゃろ」と言う。ああ、やっぱりあの両手に持った雑草の山は見られていたのか。

「ああ、あれは暇だったから」
「暇だからって雑草取りなんか好き好んでやるやつなんかほとんどいないじゃろ。アホみたいに委員会に責任持っとるか、花が好きか、どっちかじゃ」

 アホって。苦笑していると、「で、どうなんじゃ」と返答を催促された。

「そう、だなぁ…」

 仁王くんはまだ私の方を見ている。しかしずっと見つめ合っているのは私の心臓が持ちそうにないので、それとなく考える風を装い視線を泳がせる。

 熱心に世話してるっていうか、本当に好きでやっているというより委員会だからやっているだけで、といっても仁王くんの言うアホみたいに責任感が強いわけでもない。本当に、暇だからやっているだけだ。

 でも、確かに花は好きか嫌いかで言えば好きな方だ。視線を泳がせた先でふと目についたのは、また一段と背丈が伸びた気がする向日葵たち。

「向日葵とか、好きかも」

 風でかすかに揺れたそれを眺めていたら、思ったよりもするりと、素直にそう答えていた。
 夏の代名詞とも呼べる向日葵の花。夏の日差しは苦手だけれど、その日差しに向かってまっすぐに伸びる向日葵は、好きだ。なんだかんだ毎年この花が咲くのを楽しみにしている自分がいる。

「ほー…」

 仁王くんはまた自分から聞いたくせに淡白な一言しか返してこなかった。
 再び沈黙の間が空いた。
 じょうろを再び傾けながら、私の口は先ほど浮かんだ疑問を彼に投げかけた。

「仁王くん、部活は?」

 そういえば、私なんでこんな普通に仁王くんとしゃべっているんだろう。

「今日は休みじゃ」
「…ああ、そうなんだ」

 始めて言葉を交わしたのはたった二日前の話なのに。ドキドキと脈打つ心臓のリズムさえも心地よく感じてしまう。なんでだろう、デジャヴとはまた違う気がする、何か。

「…まあ、休みといっても、レギュラーはほとんど自主練しとるけどな」

 大会も近いしな。そう、つぶやくように言う仁王くんの方にちらりと視線を戻すと、彼はもうすでに私から花たちへ視線を移していた。彼の目にはどの花が一番綺麗に見えているんだろうか。そんなことなど考えていないようにも伺える横顔だけれど、少し気になった。

「…あれ、仁王くんってレギュラーなんじゃないの?」
「よく知っとるの」
「いや、クラスの女子が話してたから…」

 クラスの仁王くんファンの女の子が言っていたのをたまたま通りがかりに聞いただけだ。…あれ、そういえばその子が新学期早々に仁王くんは隣のクラスとか言っていた気がする。その割には私は仁王くんに会ったことが少ない気がする。私が気にしなさすぎなだけ?

「ま、たまには息抜きも必要ってことぜよ」
「そう?」
「そう」
「ふーん」

 水がなくなった。じょうろに残った最後の一滴を振り落としていると、仁王くんがゆっくりと立ち上がった。立って並ぶとやはり仁王くん顔は視線を上げない見えない程度の身長差があった。

「さて、俺は帰るかの」
「部活行かなくていいの?」
「言ったじゃろ、息抜きも必要って」

 テニスバッグを肩にかけ、薄く笑った。

「それにそろそろ行かんと誰かがまた追いかけてくるかもしれんしの」
「追われるようなことしたの?」
「さあな」

 つかみどころのない会話。そういえばこの人、一昨日も誰かに追いかけられてたな…なんてことを考えていると、

「じゃあな汐崎」

 と背を向けてさっさと歩き出してしまった。その背中を一瞬そのまま見送りかけてから、慌ててばいばいと声をかけると片手を上げて応じてくれた。



 …あれ、そういえば私、名乗ったっけ?

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