委員会の水やり当番がないことをいいことに、二日間家から一歩も出てやらなかった。この間、家に帰ると弟に「ねえちゃんの顔が赤い!」と想像以上に大騒ぎされ、それを聞きつけた両親にも予想以上に心配され、そのせいか家に引きこもっていても特に家族から何か言われることはなかった。むしろ今朝制服に着替えた私がリビングに顔を出すと、もう大丈夫なのかと言われる始末だ。

「別に熱中症とかじゃないから大丈夫だよ。ほら、水筒も持っていくし」
「それならいいけど…わざわざ学校で宿題やらなくなって家でもできるでしょう?」
「うーん、今日は流石に美化委員の当番の日だから…」
「響子はそういうところ父さんに似て真面目だなぁ」
「ねえちゃん真面目過ぎるんだよ。サボっちゃえばいいのに」
「あんたは少し真面目になりなさいよ。いい加減支度しないと遅刻するんじゃなの」
「げっ!」

 慌ててごはんを口に詰め込んで空いた食器を雑にシンクに運ぶ弟が母に叱られているのを横目に味噌汁をすすった。

お盆休みがあけてしまった両親は今日も仕事だ。学校行くならちゃんと気を付けて行くようにと再度念を押してくる心配性の母の言葉に、食器を洗う音で誤魔化して曖昧に返事を返す。サッカーボールを抱えた弟と、仕事道具を手にした両親を見送ってから、自分の支度を始める。2日間引きこもっている間に、休みの課題はほぼ終わってしまったから、今日の鞄の中身はほとんど水筒の重さだけで作られていると言っても良い。弟に言われた通りサボりたい欲が膨らんだけれど、父の言う通りもうこれは性分なのでおとなしく学校に向かう。夏の陽射しが眩しく感じるのは、久しぶりに外に出たからだと思うことにする。





「…真田くん?」
「む、汐崎か」

 ものぐさがった結果、水を入れたじょうろ二つで両手を塞ぎながら花壇までの道のりを歩いていると、制服姿のクラスメイトと行き会った。今日は随分と学校が静まり返っていたから、てっきりどの部活も登校していないのだと思っていたが、違ったらしい。
真田くんは私の手元に視線を落とすと、私の手からじょうろを取り上げた。

「真田くん?」
「花壇までだろう。そこまで運ぶ」
「えっと、ありがとう」
「委員会の仕事か?毎日大変だな」
「いや、毎日じゃないし大丈夫。テニス部の方が大変でしょう。私部活やってないしね」
「そうか?」

 真田くんは風紀委員としてやテニス部の副部長としての厳しいイメージがあるけれど、個人的にはクラスメイトとして比較的話しやすい男子の一人だ。こうやってさっと人の仕事を手伝ってくれるところもいい人だなって思う。

「今日はこれから部活?」
「いや、俺は顧問と話があったから来ただけだ。今日は活動日ではない」
「そっか。…明日だよね。全国大会の決勝戦」
「む、汐崎が知っているとは思わなかったな」
「…なんで幸村くんも真田くんも、私がテニス部の大会日程知らないことを前提にするの」
「いや、すまん。お前と部活の話をしたことがないから、てっきり興味がないのかと」

 まあ、確かに興味はなかったけれども。真田くんにまで言われるとは。
 花壇に着き真田くんに改めてお礼を言うと、礼を言われるほどのことではない、とそのまま踵を返そうとするので慌てて声をかける。

「なんだ?」
「幸村くんにも言いそびれちゃったんだけど…頑張ってね、明日」
「ああ、ありがとう」

 姿勢正しく去っていく背中を今度こそ見送ってから、花壇に向きなおす。背丈が伸び切った向日葵が、整然と並んで、自然の日よけになっている。大きな葉っぱが太陽の光を透かしてキラキラとしている。乾いた地面を均等に湿らせながら、開花した向日葵の花びらの色がテニス部のジャージの色に似ているな、なんてふと思ってしまった。


「俺が試合に勝てるように、汐崎に、応援しててほしい」


 幸村くんや真田くんに、友人として、クラスメイトとして、応援する言葉はすぐに出てくるけれど、仁王くんにはどんな立ち位置で応援の言葉をかければよかったんだろう。
 私と仁王くんの関係性って、結局何なんだろう。
 仁王くんは何を思って、私にあんなことを言ったんだろう。

「……考えるの、もうやめたいなぁ」

 また体温が無駄に上がりそうだったので、首を横に振って思考を空にしようと試みる。
結局のところ、私は仁王くんのことを何も知らないし、テニスのことだってよくわからない。わからないことを延々と考えるのはただ消耗するだけで、この2日家に引きこもって課題を片付けながらずっと考えていた。仁王くんのことを知りたいと思っても、その機会もなかったし、機会を作ることもできなかった。仁王くんが私に何を思っているのか、私が仁王くんに抱え始めた気持ちは何なのか。彼の言動に最近振り回されている自覚はあるけれど、悔しいけれど諸々を判断するには、私の中に決定打が何もないんだ。
 全然空っぽになってくれず、濁っていく思考回路にもやもやを増やしていると、はたと私の中にあることが思い浮かぶ。

「…そっか」

 空になったじょうろが私の手から離れてカランと音を立てて地面を転がった。
 そうか、そうだよね。

「わからないなら、わかるようにすればいいんだ」

 仁王くんのことが知りたい。私の中の気持ちに名前を付けてもいいのか、その判断材料が欲しい。私の今の素直な気持ちが喉の奥にすとんと落ちていく。


 向日葵の花は夏の風に揺られながら、太陽に向かって顔を上げていた。

×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -