今日もまた、私はホースを片手に花壇の前に立っている。

「……」

 いつもなら運動部の掛け声が聞こえてくる時間帯なのに、今日は普段よりも何となく、静かだな、と考えたところで思い出す。そういえば今日って……

「あっ、響子ー!」

 名前を呼ばれて振り返ると、隣のクラスの友人がこちらに駆けてくるところだった。私の隣までやってきて手元のそれを指差して、彼女は言う。

「委員会の仕事?」
「うん、そう」
「大変だねぇ。部活でもないのに学校に来なきゃいけないなんて。しかも水やりとか」

 先生が全部やってくれればいいのにね。そう言って首をすくめる彼女はチアリーディング部に所属していて、ノースリーブのユニフォームから出る腕は休みに入る前よりも、少し黒く日焼けしたような気がする。それを指摘すれば、そうでしょ!と笑う笑顔が眩しい。額の汗すら、水やりのためだけに外に出ている私のものとは全く違う成分でできているのではないかと思える。これが青春を謳歌している人との差……いや、あまりの暑さに考えがおかしな方向に向かっている。やめておこう。

「今日はもう終わりなの?」
「そう。明日に備えて今日もう上がりなの」
「明日?何かあるの?」

 全ての部活動内容を把握しているわけではないが、果たして明日何かあっただろうか…。そんな私の顔色を汲み取ったのか、すぐに彼女はその答えを教えてくれた。

「明日からテニス部の応援なんだ〜!」
「…テニス部」

 そうか、テニス部。特に全国大会二連覇を果たしている今、学校中から最も注目されていると言ってもいいのだから、チア部が応援に行ってもおかしくない。そういえば昨年もこの友人からテニス部の応援に行くと聞いた。
 ……あれ、明日から?

「…え、テニス部って今日から全国大会なんじゃないの?」
「ん?響子、大会の日程知ってたの?」
「え、あ、いや……」

 思わずぽろっと出てしまった疑問に、案の定疑問を被せられてしまう。どうするべきか、別に隠すようなこともないはずなのに一瞬迷ってから「えっと…幸村くんが言ってたから…」と答える。それに対して彼女の方は、反射的な疑問だったのか、そもそもさほど興味があったわけではなかったのか、

「そうなんだ?そういえば委員会一緒だったね」

 と、納得してくれたようにみえた。

「テニス部からの連絡でね。初日の試合なんて応援してもらうまでもないから、その後の試合だけ来てくれればいいって」
「へぇ…それで今日は学校にいたんだ」
「うん。すごい自信だよね。まあ去年も一昨年も優勝してるし、当然なのかな」

 そこで、彼女は一呼吸置いてこちらを見つめる。え、何、と口を開きかけたところで、彼女の方が早かった。 

「ところで、もしかしてテニス部気になるの?」
「え?」
「だってぇ、響子って自分に関係ないこと全然興味ないじゃん?なのに大会の日程覚えてるなんてめっちゃ珍しい気がするんだよねぇ」

 微かに語尾が上がった口調に、唇の端がひくりとした。さっき納得したように見せかけたのは何だったのか、わざとか、この子こんなに演技派だったのか。細めた目をそのままに、にやつきながら私の顔を覗き込む。

「誰か気になる人でも出来たんじゃないの〜?」
「ええっ、いや、そういうんじゃ……」
「あ、もしかして幸村くん?」
「ちがうってば」

 さすがにその勘違いは幸村くんに申し訳がない。もちろん幸村くんのことは友人として応援していないわけではないけれど、決してこの子の言う、そういうのではない。間髪入れずに否定すれば、彼以外にそういう相手が思いつかなかったのか、唇をすぼめながらも覗き込んでいた顔が離れていく。

「ふーん?まあいいや。そういうことにしておいてあげる」
「もう…」

 なんだか、急に疲れた。この手の話はみんな好きだから噂が回るのも早い。ただでさえ得意ではないのに、変な勘違いが流れるのは勘弁してほしい。…顔が熱い気がするのは、日光の下にずっと立っているからだと、そういうことにしたい。そういえば、結構長いこと立ち話をしていた。友人も同じように気が付いたのか、携帯を取り出して時間を確認している。
 
「あ、そろそろ行くね。由依と待ち合わせしてるから」
「うん。またね」
「じゃあね〜」

 昇降口の方へ駆けていく後ろ姿を見送って、ホースを大雑把に片づけはじめる。
 テニス部の掛け声が聞こえないグラウンドは、改めて意識すると随分と静かに思える。…もう、試合は始まった頃だろうか。それともすでに終わってしまっただろうか。

 片づけ終わり校舎に戻る途中、自販機の前を通りかかり、何か飲み物を買おうと思い立った。商品に目を走らせながら、ポケットに手を入れた指先が小銭入れに触れた時、ちょうどスポーツドリンクのペットボトルが目にとまる。

『…スポドリ置いてきた』
『…バカじゃないの』

「……」

『部活、何もしとらんやったっけ?』
『うん。帰宅部』
『惜しいのぅ。なぁ、テニス部のマネージャーやらん?』
『やらん』
『即答かい』

 ケラケラと笑う、その顔。

 小銭を投入して、ボタンを押す。ガタンと音を立てて落ちてきたペットボトルはよく冷えていて、拾い上げるためにしゃがみ込んだ姿勢のまま、それを頬に当てる。自分の汗か、結露かわからないものが輪郭を伝って落ち、スカートに小さい染みを作った。

「…あつい、なぁ」

×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -