「汐崎先輩!俺のテニスみに来てくれたんスか!?」

 そのあと、私も元に真っ先にやってきたのは、仁王くんではなく、赤也くんだった。どうだったッスか?俺のテニス姿は!と目を輝かせる彼の姿は、まるで飼い主に褒められたい一心に尻尾を振る犬のようだと思ってしまう。そんなことを言ったらきっと彼は気を悪くするだろうから言わないけれど。

「私、テニスはよくわかんないけど、赤也くん上手いんでしょ?すごいね」
「へへっ。そりゃあエースですから!」

「ほれ、いつまで汐崎に引っ付いとるんじゃ」

 背後から声がして、振り向くと想像した通りの人物が立っていた。なんとなくこの感じ、うん、既視感しかない。

「…もしかして、俺ジャマっスか?」
「なんじゃ、赤也も空気を読むことを覚えたんか。エライエライ」
「…仁王先輩バカにしてますよね、絶対。ま、いーや。俺丸井先輩たちとメシ食おー。じゃーまた、汐崎先輩!」
「あ、うん」

 赤也くんは手を振って去っていく。そうか、昼休憩ってことはごはんタイムってことなのか。私も、今日はお弁当を持参している。どこか日陰で食べられそうなところがないか頭の片隅で思案する。

「仁王くんもお昼ごはん食べるんでしょ?」
「おー」
「…赤也くんたちと食べないの?」
「いやー…俺のメシこれじゃし、どこでも食える」

 そう言うと、仁王くんはジャージのポケットからおもむろに何かを取り出した。…黄色い箱が目印の、例えば朝ごはん食べる暇がなくて仕方なく苦肉の策で口にする、ひと箱分で一応の最低限のカロリーが摂取できる、アレだ。

「…え?それだけ?」
「昼はな。一応夜は食っとるよ」
「…バカじゃないの」
「それ前も聞いたのぅ」

 ケラケラと仁王くんは笑っているけれど、私は心底仁王くんがスポーツ選手としての自覚が足らなすぎると思って発言したのだ。黄色い箱を持つ仁王くんの左手を掴む。仁王くんの肩がびくりと揺れた。

「仁王くん、休憩って何時まで?」
「…一時半までじゃけど」
「わかった。ちょっと来て」
「ちょ、」

 仁王くんが何か言ってる気がしたけれど、無視。私は彼の手を掴んだまま、グラウンドに背を向けて校舎へと足を運んだ。



 たどり着いたのは屋上庭園。校舎裏の花壇とはまた別で、大体は有志で生徒が植物の世話をしている場所だ。その一角、ちょうど日陰になる場所にはベンチが一脚置かれていて、私は仁王くんをそこまで誘導すると、有無を言わせず座らせた。

「仁王くん、これあげる」

 仁王くんの隣に腰掛けて、私は鞄から取り出したお弁当箱を押し付けた。いつも飄々としている仁王くんが面食らったようにパチパチと切れ長の目が瞬きを繰り返している。

「これ、汐崎の弁当じゃろ」
「私は運動してたわけじゃないから。仁王くんこそ、そんなの1本や2本じゃ持たないよ。いいから食べて」
「…一応4本入りなんじゃけど」
「大して変わらないしそういうことじゃない」

 躊躇う仁王くんに無理やりお弁当箱を押し付ける。いよいよ観念したのか、仁王くんはため息を一つ落としてお弁当の蓋を開いた。

「……」
「…どうしたの?」
「…なあ汐崎。これ、もしかしておまんが作ったんか?」
「そうだけど」

 蓋を開けて中身を見た瞬間、固まってしまった仁王くんに、もしかして嫌いなものでも入っていたのだろうか、と心配したけれど、妙にかしこまったように礼儀正しく手を合わせると箸を手に取った。

「…美味い。汐崎は料理が得意なんじゃな」
「普通だよ」

 それだけ言ってあとは黙々と食べ進めた仁王くんは、そう時間がかからずにお弁当の中身を完食してしまった。ごちそうさま、とまた妙に礼儀正しく食べ終えると、仁王くんはお弁当箱の蓋を閉じた。

「お粗末さまでした」
「…食い終わってから言うことやないと思うが、本当に良かったんか?おまんの弁当食って」
「本当に今更だね。いいよ。それよりもちゃんと足りた?私基準の量だから少なかったんじゃない?」
「そんなことない。十分じゃ」
「ならよかった」

 仁王くんの返答に安心しつつ、鞄にお弁当箱をしまい込む。
 その横で、仁王くんが「あ」と、なにやら思いついたように身動ぎした。

「礼言うにもこれじゃ割に合わんとは思うが…これ」
「…もらっていいの?」
「俺は美味い飯食って満腹じゃき」
「…そっか。じゃあもらうね、ありがとう。」

 差し出された黄色い箱を受け取る。美味しいと言ってもらえたなら、悪い気はしない。

「そろそろ休憩終わるけぇ、真田に怒られる前に行くとするかの」
「そっか。この間みたいに水分補給忘れちゃだめだよ?」
「…まっこと、おまんは世話焼きじゃの。やっぱりマネージャーやらんか?」
「お断りします」
「つれんのぅ」

 笑いながら立ち上がった仁王くんは、ドアの方へと歩き出す。しかし、ふと立ち止まるとちらりと肩ごしにこちらに振り向いた。

「…ほんまに、美味かった。ありがとな」

 バタン、と重たいドアが閉まり、ベンチに座ったままの私が取り残される。仁王くんが最後に残した微笑みの残像だけがコンクリートに反射する陽炎のようにゆらゆらと漂う。



 黄色い箱から一本だけブロックを取り出して口に咥える。ほのかにチョコレートの香りが口の中に広がった。

 …ああ、今日も暑い。

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