前日の雨が嘘のように、次の日は快晴となった。
 いま、私は立海のテニスコートを眺めている。

 夏休みだからか、コートを囲むギャラリーは少なかった。少ないというかほとんどいないと言ってもいい。芥子色のウエアを着た部員が、試合をしたり球出し球拾いをしたり、各々があちらこちらで動き回っている。

(そういえば、テニス部の練習を見たことって、あんまりないな)

 テニス部の応援に誘われたことは何度かあった。この学校に入ってテニス部を見ないなんて勿体無い。そう言いながら私の制服の袖を引っ張る友人の手を、やんわりとほどいて、私はいつも首を横にふるだけだった。テニスなんて、興味ない。興味がないものを、心から応援できないのなら、それは部員に対して失礼だ。

 では、なぜそんな私がわざわざテニスコートにまで趣いて彼らの練習風景を見ているのか。

「今は興味なくても、見ているうちに興味が出るかもしれないでしょ?」

 いつだったか私をテニス部の応援に誘った友人の言葉を思い出す。
 確かに、私はテニスには興味がなかった。どちらかというと、スポーツなら弟がやってるサッカーの方が詳しいし、好きだ。けれど、どうしてそれがテニス部を応援しないという言い訳になるのだろう。私は考えた。私は興味がないと蓋をして、知ろうとしていなかったのではないのかと。

 …テニスも。仁王くんのことも。

 テニス部の練習を見れば、何かわかるんじゃないかと思った。わかりたいと思った。衝動的とも言える感情に動かされるまま、気付けば私は用事もないのに学校に休日登校してまでテニス部を見に来ている。少し前の私だったら、絶対にこんなことしない。

 しばらく眺めていると、見知った顔がコート内に入るのが見えた。癖の強い黒髪は、赤也くんのものだ。そして、ちょうど私がいる側から見ると背を向けているが、見間違えようもない、悪目立ちする銀髪。

(仁王くん)

 二人はネット越しに一言二言言葉を交わすと、それぞれ後ろに下がってラケットを構えた。ちょっと前までの笑顔がスッと潜んだ赤也くんの顔は真剣そのもので、いつぞやの彼とは違うその表情にドキリとする。練習試合だとわかっているのに、まるでこれから始まるのは真剣勝負のようだ。仁王くんの表情は、こちらからはよく見えない。赤也くんと同じ眼光を仁王くんは放つ姿を想像する。
 仁王くんの右手には、黄色いボールが握られていた。彼がサーブを打つらしい。

「仁王、トゥーサーブ」

 審判台の上の部員の声が、妙にはっきりと耳に届いた。
 私はただ、仁王くんの手から、ボールが高く放たれる姿を見ていた。



 テニスの試合の善し悪しなんて、わからない。
 けれど、目の前で繰り広げられたそれは確かに、目を惹かれる何かがあったように思えた。

「二人とも、すごい」

 テニスラケット自体を手にしたことがないからかもしれないが、そもそもあんなガッド張っただけの面に小さな黄色いボールを打ち合えることが、なんだかものすごい芸当のように見えてしまう私には、彼らが今感じているもの全てなど到底わかるわけがないけれど。
 それでも確かに、これは見るに値するものだったのだと思った。

「ウォンバイ仁王」

 仁王くんの打ったボールが赤也くん側のコートに、吸い込まれるように落ちる。審判の声が響いた。
 赤也くんは悔しそうに髪の毛をガシガシとかいている。それに比べ、仁王くんは後ろ姿からでもわかるほどに涼しげだった。結局、試合中も仁王くんの表情はあまり見えなかった。…もう少し、見えるところに移動すればよかっただろうか。

 と、そんなことを考えていると、ふと視線を上げた赤也くんと目があったような気がした。
 赤也くんの顔が見る間にパァっと明るくなる。どうやら、気がするのではなく、実際に目が合ったらしい。

「汐崎せんぱーい!」

 突然、赤也くんが大声で私の名前を呼ぶ。その声に、仁王くんが弾かれたようにこちらを振り返った。何事かと、周囲の部員たちも何人か、こちらに視線を送ってくる。ああ、こっそり見に来ただけなのにな。急に注目の的になってしまい、どうしたものかと苦笑いしながら、とりあえず二人に向かって小さく手を振ってみる。すぐさま赤也くんが大きく手を振りかえしてきた。
 しかし、仁王くんは変なものでも見たかのように、私を凝視したまま動かない。

 真田くんの声がテニスコートに響いた。赤也くんがぴやっと反応して、私に向かって振っていた手を引っ込めてそちらに向かう。他の部員たちも、ぞろぞろと真田くんの元へ集まっている。
 そんな中、仁王くんは未だ私を見つめていた。移動していく部員たちの中、彼だけが立ち止まったままだった。私もまた、彼から視線を外すことができなかった。

 ふと、仁王くんの表情が緩み、口を開いた。もちろん、距離的に声が聞こえるはずもないけれど、私は彼が何と言ったのかわかった。そして彼はふい、と顔を背けると、他の部員達に遅れつつも真田くんの元へ駆け出していった。

 あとで、そっちいく。

 昼休憩を告げる真田くんの声が聞こえた。私は相変わらず、その場に突っ立ったままだった。

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