「私がここに存在しているのは、どんな意味があるのだろう」

 主の姿が見えないと言う短刀たちの言葉に、本丸中を探していた。そこそこに広い本丸の、表門から見れば一番裏手。その縁側で足を崩して腰掛けている主は、庭先に広がる一面の雪をただぼうっと眺めていた。
 主、そう呼べば、一息おいて顔をあげる。どうしたの、清光。もともと口数は決して多いとは言えない彼女は、今日は一段と寡黙さを増しているような気がした。乱とか今剣とかが探していたという旨を伝えれば、了解の意が短く返ってきた。白い庭に視線を戻した主の横顔を、一定の距離から眺める。沈黙の間を、木枯らしが抜けていった。
 そして彼女が唐突に発した言葉は、俺に訊ねたのか、自問なのか、どちらでもあり、どちらでもないのか。口を開いた後も、彼女の視線は庭先を見つめたままだった。

「どういう意味?」
「…そのままの意味よ。私の存在意義ってなんだったんだろうって、ふと考え込んでいただけ」

 それきりふっつりと黙り込んでしまった己の主君の顔は、真っ白い雪の照り返しでより一層、それこそ病的なまでに青白く見えた。見ることが叶わなかったはずの前の主の最期の姿と被るような心地がして、ぶるりと身を震わせる。それに気づいた主が、再びこちらを見て、小首を傾げる。

「清光、寒い?」
「…ううん、大丈夫。主こそ、寒くない?」
「そうね…そろそろ中に入ろうかな」

 立ち上がろうとする主に手を貸せば、感情の希薄な目元が微笑んでその目が俺を映すのを感じた。彼女の目はいつだって曇りがない。重なった手のひらは随分と冷たくて、この人自身が雪にでもなってしまったのだろうかなんて、馬鹿げたことを考えてしまう。
 そして同時に思い出す。彼女と初めて出会った日のことを。薄紅色の花びらが青い空を彩る、あたたかい日だった。人の形を成したばかりの俺の手をとった彼女の手から、優しい気が流れ込んでくるのを感じて、これが《あたたかい》と言うのだと知った。

「私の存在意義ってなんだろう」

 俗世から切り離されたこの場所で、少しずつ俺のような人型をとる刀剣が増えていき、当初は静かだった本丸も随分とにぎやかになって、出会ったあの日のような桜の季節を幾年も幾年も繰り返した。その中で、寡黙な審神者の些細な変化に気付いたのは、たぶん俺だけ。《あたたかい》と感じたその手は、その温もりを徐々に失いつつあること。それが意味するものは、きっと本人もわかっている。

「乱たちはどこに?」
「表の庭。雪で何か作ってたから見せたいんだと思うよ」
「あら」

 また少し、目を細めて顔を綻ばせる主は、なんだかとても幸せそうで、もうしばらくこの顔を見ていられる日々が続けばいいなんて、戦いと隣り合わせのこの小さい世界にはあまりにも不釣り合いなことを考えてしまう。歩き出した主の後ろ姿を見送ってから、ふと、先ほどまで主が座り込んでいた場所に、小さな白いものが佇んでいるのに気付く。葉を耳に模した赤い目のそれに手を伸ばすと、指先が痛むほどに冷たい。
 審神者の力が途絶えれば、俺たちはただの刀剣と成り下がる。せめて終わりが来るのなら、はじまりと同じ季節がいい。少しでも主の指先に温もりが宿る季節であってほしい。何度も繰り返したこの季節は、あまりにも寒すぎる。
 未だ蕾すら膨らんでいない桜の枝先に積もった雪が、微かに音をたててはらりと落ちる。主が己の意味を知るときは、そう遠くない未来なのだろう。
 それに気付いているのは、きっと、


title by リラン
(2015/04/07)


×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -