クリスマスなんて、自分にはまったく関係のないイベントだと思っていた。

私は物語の中のヒロインたちみたいに、ヒーローに愛される資格のない、ただその場合わせのモブにすぎないと思っていた。いつか適当に恋をして、適当に旦那さんを見つけて、そして平々凡々な家庭を持ってそして終わる人生なのだと。

考えもしなかった。
こんな私を、見つけてくれる誰かがいただなんて。
こんなにも、大好きな人に出会えるなんて。

「名前!ごめん、待ったか?」

12月の空気が頬をかすめるたびに肌がきしむような午後5時。駅前に飾られたモミの木の下、声のする方を見れば人並みの中から駆けてくる赤い髪が目にうつる。

「ううん、そんなに待ってないよ」

首を振るも、本当は15分ほどここで待っていた。寒かったし、マフラーでは覆えない頬や鼻は痛いくらいに冷えていた。
けれど、早く君に会いたかった。

「ほんとか?でもやっぱ少しは待たせたよな?ごめん、寒かっただろ?」

心配そうに顔を覗き込んでくるブン太。ブン太は自分のしていた両の手袋を取ってコートのポケットに入れた。私の頬を、暖かい手のひらが包む。

「ほら、やっぱ冷えてんじゃん」
「これくらい平気だよ」
「女なんだから、冷えちゃだめだろ」

今度から冬の待ち合わせは屋内にしよう。
そう言ってブン太は笑った。



はじまりはブン太からの告白だった。
中3の時に同じクラスになったブン太は、テニス部という肩書きとその容姿の良さ、加えて明るい性格から当時女子にはとてもモテていた。
もちろん、私はそんなブン太に執心する女の子に見劣りする一般女子で、そもそもブン太とは住む世界が違うのだと思っていた。

だから、初めて話しかけられた時のセリフは、私を驚かせるのに十分だった。

「名字さんってさ、誰か付き合ってる人いんの?」

日直の仕事で放課後の教室に残っていた時のこと。
忘れ物を取りに来たという、テニス部のジャージに身を包んだブン太がやってきた。

「名字さん、日直?」
「…丸井くん」
「そんな警戒すんなよい」
「警戒してるわけじゃないけど…丸井くんは部活?」
「おー、ちょっと忘れ物してさ!」

そしてゴソゴソと自分の席をあさるブン太を横目に、日誌を書く作業を再開した私に、ブン太は言ったのだった。付き合っている人はいるのか、と。

「…はい?」
「いや、だから付き合ってる人いんの?いないの?」

思わず顔を上げてそちらを見ると、あまり見ない真剣な顔をしたブン太がそこにいた。

「…いない、けど」
「…まじ?」
「うん」
「…名字さん可愛いのに他のやつら見る目ねーんだな」
「!?」
「いやあっても困るけどさ」

ポカンとする私に、ブン太はニカッと笑って、たからかに宣言したのだった。

「じゃあ俺、名字さん狙ってもいい?」


ふざけているのかと思った。所詮モテる男子が、地味なごく普通の女子をからかっているだけなのだと。
けれど次の日からブン太は私にしょっちゅう話しかけてくるようになった。

「おはよう名字さん!」

毎朝の挨拶からはじまり、

「なあなあ、ここわかんねーんだけど、教えてくれねえ?名字」

いつの間にか些細な雑談もするような間柄になって、

「…あのさ、下の名前で、呼んでもいいか?」

私への呼称が“さん”付けから呼び捨てへ、そして名前で呼ぶ頃には、私も“丸井くん”から“ブン太”へすっかりシフトしていた。
いつの間にか、周りからも公認の仲みたいな感じになって、改めてブン太から告白された時、すでに私はその言葉に間髪いれずに頷けるくらいにブン太のことが好きになっていた。

「俺、ほんとは名前のこと、1年の時から好きだったんだぜ」

付き合い始めてすぐ、照れたようにそう教えてくれたブン太。
そのはにかむような笑顔が、それが事実であると示していて、つられるように顔を赤くしてしまった私を、ブン太は可愛いと言ってくれた。



…本当に、最初は住む世界が違うと思っていた。

でも、ごくごく普通の、私なんかを見つけ出して、好きだと抱きしめてくれた君のこと、今では私も、本当に大好きなんだよ。

「そろそろ行くか、名前」
「うん!」

私の頬から手を離すと、その手はそのまま私の手を包み込んだ。手袋を外していても、ちっとも寒くなんてなかった。私より少し大きい手が、私の右手を包む。

「毎年毎年、ここのイルミネーション綺麗に飾るよなあ」
「そうだね。…来年もこうやってブン太と一緒に見れたらいいな」
「あんまり当たり前のこと言うなよ」

笑いながら空いた右手で軽く私の頭を小突いてから、でも、とブン太は言葉を切った。

「…いつかもっと綺麗な夜景、一緒に見に行きたいな。名前と」
「…うん」

初めて一緒にクリスマスを過ごしてから、もう4度目の、高校生活最後のクリスマス。
高校3年間ずっと、私を好きだと言ってくれる、私が好きな人と一緒に
過ごせたこと、本当に幸せだった。


物語のヒロインたちの結末は、いつもハッピーエンドで終わる。
けれど、私はそんなハッピーエンドは望まない。

「名前、好きだ」

いつまでも、大好きな君のすぐ隣で、終わりなど訪れない、そんな愛を。
君と二人でずっとずっと紡いでいきたいと、そう願わずにはいられない。







title by レイラの初恋

(2012/12/25)




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