友人と大喧嘩をして、私は放課後の教室で一人泣いていた。

「そこのお前、何しとんねん」

顔を上げると、教室の入口に一氏くんが立っていた。表情がよく見えなかったのは後ろから夕陽に照らされて影になっている所為か、私の目に溜まった涙の所為か。

「な、なんでもない!」
「なんでもないわけないやろ。お前泣いとるん?」
「泣いとらん」

目をごしごしと擦って教室の窓、ちょうど一氏くんがいる入口と反対側を向いた。私の席は一番窓側の席で、すぐ横を見るとちょうどテニスコートが目に入った。

一氏くんとは、その時同じクラスではあったが、特に話したこともなかった。席が近くになったこともないし、むしろ彼の印象が金色くんとの“アレ”しかなかったから、勝手に苦手意識を持っていた。

背後から盛大なため息が聞こえてきた。そして荒々しく近づいてくる足音。その足音はちょうど私の正面でぴたりと止まった。

「泣いとる女は苦手やねん」

顔を上げると何やらしかめっ面をした一氏くんが仁王立ちしていた。
ろくに会話もしたことのないただのクラスメイトがちょっと泣いているだけで、何をそんなに怒ることがあるのだろうか。

と、その時

『んーー!絶頂(エクスタシー)!』
「?!」

どこからともなく白石くんの声が聞こえてきた。
驚いてパッと窓の方を見る。…テニスコートの方を見るも、当たり前だがそんな白石くんの声が聞こえるほど校舎は近くない。聞こえたとしても距離は感じるはずだ。

『浪速のスピードスターっちゅう話や!』
「!!?!」

今度は忍足くんの声が聞こえた。弾かれたように思わず席を立ってしまう。一体どこから…

「おいコラ、観客はもっとおとなしゅう座っとけやボケ」

目の前にいる一氏くんは私の肩をガッと掴むとそのままストンと押しやるように席に座らせた。
もしかして…

「…今の、もしかして全部一氏くんなん…?」
「そやで。俺モノマネ得意やねん」

お前俺のお笑いステージ見に来たことないんか?
と、そこで一氏くんは初めて少しだけ笑顔を見せた。ぽかんとしている私に、一氏くんはちょっとだけ慌てたように笑顔を引っ込めて、また仏頂面に戻ったあとぼそりと言った。

「…特別にモノマネみしたるわ。だからはよう泣きやめ」

それから十数分、一氏くんは私にモノマネを披露してくれた。クラスの男子から女子まで、特に一番おもしろいのはやっぱりテニス部の人たちのモノマネだったけれど、そんな一氏くんのささやかなステージが終わったとき、私は泣いていたことすら忘れるほどにたくさん笑っていた。

「少しは元気になったか?」

一氏くんにそう尋ねられて、私は素直に頷いた。

「おん、ええもん見せてもろた。ありがとな、一氏くん」
「…別に、」
「一氏くん優しいんやね。私はじめて知ったわ」
「アホ!さっきゆうたやろ!泣いとる女は苦手やねん!」

何か気に障ることを言っただろうか。褒めたつもりなのに一氏くんは相変わらず仏頂面でそう早口にまくしたてた。

「泣き止んだならそれでええ。…それじゃ俺部活戻るわ」
「おん、ありがとな一氏くん!おかげで元気出たわ」

立ち去ろうとする一氏くんの背中にそう声をかければ、一氏くんの足がぴたりと止まった。一体どうしたんだろうと思っていると、一氏くんはこちらに背を向けたまま口を開いた。

「…礼ならいらんから、代わりに今度のステージ絶対見に来い。また、笑かしたるさかい」

私がワンテンポ遅れて了承の返事をすると、一氏くんはほんの少しだけ振り返った。その横顔は、ほんの少しだけ笑っているように見えた。






(そういえば一氏くん何しに教室来たんやろか)

(オイコラ一氏!!休憩時間とっくに過ぎとるやんどこまで行っとんねん!!)
(…うわああん堪忍な小春ぅぅうう!!)
(まあ、気になっとる女の子が一人で泣いとったら、放っておけへんっちゅうのもわかるけどなぁ)
(…しっ、白石!(バレとる?!))



(2012/12/23)




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