※死ネタ
※語り手は柳生
それは重たい沈黙でした。
HRで教師から告げられたその一言は、教室内を、いや、おそらくHRでお話したのはこのクラスだけではないでしょうから、学年中を静まらせました。
“名字名前が亡くなった。”
それは誰もにとって衝撃だったに違いありません。しかし、私はなぜか非常に冷静でいられました。悲しいことに、そんな予感は以前からあったのです。いつかこうなるのではないかと。
名字さんが病気を患っているというのは、この学校で知り得るのはごく一部の生徒だけだったでしょう。彼女が数週間ほど休学している理由を、教師は“家庭の事情”だと告げました。この嘘はおそらく彼女自身の希望だったのでしょう。彼女の一番の親友は、その教師の言葉を聞いてもずっと俯いたままでしたから、おそらく親友には話してあったのでしょう。
それよりも、私はこの教師の発言を受けて、一番最初に心配したのは仁王くんのことでした。
「お願い。雅治には、黙ってて」
そう、名字さんに言われたのはちょうど彼女が入院する数日前のことでした。仁王くんと名字さんは半年ほど前からお付き合いを始め、仁王くんも名字さんも、お互いがお互いをとても大事になさる、そんな関係でした。
「なぜですか?そんな大事なことを、どうして仁王くんに黙っているのですか?」
「…雅治に心配かけたくないの。それに」
雅治にこのことを言ってしまったら、こんな嘘みたいなことが本当になってしまいそうで怖い。
仁王くんが“コート上の詐欺師”と呼ばれているのは周知の事実です。しかし、彼は決して名字さんにだけは嘘をつきはしませんでした。そんな彼に、彼女は最初で最後のペテンにかけると言うのです。泣きながら笑う彼女に、私は一言わかりました、と言うことしかできませんでした。
それから、彼女はどうやら仁王くんを除いたテニス部レギュラーにはこのことを話したようでした。なんとか名字さんが学校に来ないことを気にして仁王くんが探しに来ないように、協力してほしいと。そして気づかれないように今後一切、自分が戻ってくるまで連絡を取らないでほしいと。
…そんな彼女から一昨日、突然届いたメールは、一体何を意味していたのか。私にはその時、わかりませんでした。
「…クックッ…」
「…仁王くん?」
「これで…これで名前は…俺だけのもんじゃ…」
放課後、やっと姿を見つけた仁王くんは、笑っていました。
学校に来ている痕跡はあるものの、仁王くんは一日行方が知れませんでした。同じクラスの丸井くんも困惑した様子で「気づいたらいなくなってた」と言っていました。
「これで、やっと…名前は俺だけを…愛して…ッ」
仁王くんは笑っていました。
確かに笑っているはずなのに、彼の膝の上にパタパタと雫が落ちていきます。
「もう、あいつは、名前は俺以外誰のことを愛することもないんじゃ…俺はあいつだけを、」
仁王くんは、泣いていました。
笑いながら、泣いていたのです。うわごとのようにぼそぼそと、言葉を口からこぼしながら、彼の瞳からとめどなくあふれる涙。無造作に投げ出された彼の足。制服のズボンにできたシミはどんどん数を増やしていきます。
「お願い。雅治には、黙ってて」…ああこの二人は、最後まで互いを思いながら、笑って、そして泣く。
そしておそらく、仁王くんは彼女に最後の最後に立ち会ったのでしょう。一昨日のメールの意味するところはそこにあったのだと私はたった今理解しました。詐欺師は、愛する彼女の最初で最後のペテンを見破ったのです。
「…仁王くん」
『From:名字名前』
『私の嘘に付き合ってくれてありがとう』…そして情けないことに、私は最後の最後まで、泣きながら笑い続ける彼らにかける言葉を、持ち合わせてはいませんでした。
不自然なほど美しかった彼らの愛についてtitle by レイラの初恋
(2012/12/23)