本日最後の授業が終わった。
この後はSHRが残っていたが、そんなの知ったこっちゃない。机の脇にかかっている鞄から手探りで愛用しているプレーヤーを取り出し、それに巻き付いたイヤホンをまっすぐに伸ばしつつ両耳に装着。これだけでも幾分か、周りの雑音が減少した。再生ボタンを押し、昼休みに聞いていた続きから流し始めれば完全に外界の音から遮断される。そのまま机に突っ伏して目を閉じた。

気配でSHRが終わったのを感じた。
しかし、なんとなく顔をあげるのがかったるくて、そのまま両腕に埋めていた顔を横にずらし、真横の窓に視線を向ける。流行りのJ-POPグループの曲がイヤホンから両耳に流れ込み、その明るい曲調と窓の外の青空ととてもよくマッチしていて心地よい気分になる。

基本的に一人で行動する自分には一緒に帰る友人なんていうのもいないし、部活にも所属していないから一緒に行こうと誘う友人もいない。一応委員会には所属しているが活動があまりなく、クラスに委員は自分一人だからまず関係ない。こう言うといわゆる“ぼっち”みたいだけれどそんなことはない。一応友人と呼べる友人は持ち合わせているつもりだ。ただ、私があまり人と群れることを好まない性格を知っているから、あまり不必要に干渉してくることはないだけだ、まあクラスが隣ということもあるのだけれど。
友人でなくとも、私のこの性格というかとっつきにくいオーラというか、だいたいクラスの面々も私のこの一人行動には何も言わなくなってきた。クラス替えして間もない頃こそ、グループに引き入れようとして女子に囲まれていたがそんな彼女らもすぐにそれを諦めた。かといって険悪な間柄になったわけではないけれど。お互いに、ただのクラスメートという距離を保っているだけだと思う。

なんだかんだ言って、この一人の自由な生活が私は気に入っている。

どうやらクラスの面々はそれぞれの自分の活動場所へと移動していったようだ。私のような帰宅部勢もきっと帰路につくなり寄り道するなりするのだろう。
相変わらず窓の向こうの空を眺めながらそんなことを考える。

私は一人が好きだ。必ずしも孤独ではない、周りとうまく距離を保ちながら決して“独り”にはならず“一人”で居続ける。それが私のスタイル。
…だった、はずであった。

ふいに片耳の圧迫感が消え去り、代わりに窓の外から聞こえる喧騒が耳に届く。イヤホンにつられるように顔を上げて後ろを振り返れば、だいたい予想通りの人物の姿。

「…イヤホン返せ」
「名字、お前SHRの間ずっとこれ聞いてただろ。一日の終わりくらいしっかりできねーのか」
「いいから返せよ跡部サマ」

授業は真面目に聴いてるんだからそれくらい許して欲しい、なんてコイツに言ってもしょーもないので言わないけれど。
どうやらクラスの面々全員がいなくなったわけではなかったようだった。
同じクラスの跡部が私の耳から奪った片方のイヤホンを手に、背後に立っていた。外界の情報を視覚以外ほぼ遮断していたため気づかなかった。

「言っとくけど、いかないからね」
「俺はまだ何も言ってないが?」
「まだってことは言うつもりだったんでしょうが」
「フッ、まあな」

唐突に、この男子テニス部部長という名の我が氷帝キングにマネージャーをやれと言われたのはかれこれ二週間ほど前のこと。もちろん即答で断った。しかし、この跡部という男、なかなかにしつこい。同じクラスという立場を利用して事あるごとに勧誘してくるのだ。確かに、体力ならそのへんのなよなよしい女子よりはあるし、テニス自体は嫌いじゃない。しかし、私は一人でいたいのだ。それなのに平部員を含め総勢200名以上もいる男子テニス部のマネージャーなど、一体どこの私が好んでやるというのか。

「だから何度も言っているが、何も平部員の面倒まで見ろとは言わない。そもそも平部員達には別にマネージャーがついている。お前がやるのはレギュラー陣のマネージャーだけだ」
「…あのね、だからなんですでにやること決定みたいな言い方してるんだよ。やらないっつってんだろ」

跡部の手からイヤホンを奪い返すと耳に装着しなおした。ちょうどお気に入りのアーティストの曲に切り替わった。バラード調の曲に切なくもどこか独特な歌詞がこのアーティストの特徴であり、売りであった。そのまま再び両腕の中に顔を埋めて寝る体勢を取る。さすがに寝てしまえば背後に立つ跡部も諦めてくれるだろうという期待を込めて。

「!」

しかし、再びイヤホンは片方奪い取られ、反射的に顔を上げるといつの間にか目の前に跡部の顔があった。飛び退こうと肩を揺らすとイヤホンの残っている右耳にビン、と軽く引っ張られるような感触。

「名字はこういう曲が好きなのか」
「…」

いつの間にやら前の席に座っていた跡部は、左耳のイヤホンを軽く抑えながらこちらを見ていた。…言わずもがな、それはまさしく先程まで私の左耳に収まっていたそれで、

「何、悪い?」
「いや、お前の好きそうな曲だな」
「どーせ高貴な跡部サマの肥えた耳には聞くに耐えない音でしょうからさっさと返してください早くイヤホン返せ」
「一曲くらいいいだろ」

そう言って、イヤホンを外そうとしない跡部。仕方なく、イヤホンがつっぱらないように上半身を起こす。

「顔が近いんだけど」
「仕方ねぇだろ、イヤホンひとつしかねぇんだから」
「…ねぇ」
「アーン?」
「なんで私にマネージャーやらせたいわけ?」

今更だがそんな質問をぶつけてみる。きっと部活に所属していないからとか、他の女子達みたいに騒がないからとか、そんな理由なんだろうけれど。
跡部はふっと窓の外に視線を泳がせ

「お前は部活にも所属していないし、他の雌猫どもみたいにレギュラー目当てでマネージャー業をしたりしないだろうからな」

やっぱりか。どうやらまさしくそんなくだらない理由らしい。

「そういうことならこんだけ生徒いるんだから他にも適任がいるでしょうよ」
「それとお前は女子にしては体力もあるから仕事もこなせるだろう。ある意味、責任感もあるしな」
「は?」
「それに        」

ピ――――…

ちょうど曲が終わりかけた頃、唐突に耳元で鳴った音で跡部が発した言葉がかき消される。電池切れを告げるプレーヤーの機械音に顔をしかめている。そういえば昨日の夜充電するの忘れたんだった。
ふとイヤホンが緩み、それをたどると何故か跡部の顔が近くまで迫っていた。

「跡、」

「…練習は16時から始める」
「…」
「また後で」

左耳の感触と鼓膜を震わせたリップ音に黙り込んでいると、跡部は何事もなかったかのように席から立ち上がり、この場を去ろうとしていた。

「…行かないって言ってるじゃん、跡部」
「いや、お前は来る」
「意味わかんないんだけど」

耳が熱を持ち始めているのを感じた。右耳の、もう音を奏でることをやめたイヤホンを取り去って、教室を出て行くところである跡部に、かろうじて声をかけた。

「ねぇ!」

跡部がぴたりと足を止める。

「さっき何て言ったの?それに…何?」
「…部活に来たら、もう一度言ってやる」

振り向かないままそれだけ言うと、今度こそ跡部は教室を出て行った。私以外に誰もいなくなった教室。

「…あれがキングだって。笑っちゃう」

相変わらず耳は熱いが、口元がふっと緩んでしまった。きっと跡部も、今頃私と同じ状態になっているはずだ。何、あれが何様俺様跡部様と呼ばれる氷帝のキングってか。ほんと、笑える。

プレーヤーに適当にイヤホンを巻きつけて鞄に放る。椅子を引いて立ち上がる。先ほどまでの気だるさはなかった。

別に、跡部の勧誘に屈服したわけではない。
ただ、やられっぱなしは性に合わない。
跡部はある意味責任感があると表現したが、正しく言い換えれば私はとても負けず嫌いだ。何事においても。

「テニスコートはどっちだったっけな」

そして私は教室を後にした。


一匹狼に誘惑


…本当は聞こえていた最後の一言を心の中で反芻しながら、さていかにしてあのキングに仕返してやろうか、考えただけで楽しくなってきたことを私は肯定せざるをえない。

(前サイト掲載:2012/08/18)




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