ずっと、好きな子がいた。

俺は彼女の笑顔が大好きで、彼女が笑うと俺もつられて一緒によく笑った。そんな関係が好きになった。感情表現がまっすぐで、さっぱりと晴れた青空のような彼女の隣で、他愛もない会話と共に笑い合う事が好きだった。

「神尾って、杏ちゃんのことが好きなの?」

名前が発した言葉は、俺をひどく動揺させた。恐る恐る、右隣に視線を向ければ、名前は見たこともない表情をしていた。眉根を僅かにひそめ、瞳の色は頼りなく揺れていた。

「好きなの?」

名前が繰り返した。俺は何も言えなかった。そんな台詞を名前から聞いたという事実に、心臓だけが忙しなく動き、その分脳がほとんど正常に動いていなかった。
沈黙の間に下りた風に乗って、蝉の声が通り抜けていく。空はさっぱりと晴れていて、俺たちが腰掛けたベンチにかかる木陰の隙間から夏の鋭い日差しがちらついた。

「…杏ちゃん、可愛いもんね」

沈黙を肯定と受け取った名前は、そう言って笑った。無理をしている笑い方だと思った。何が彼女をそうさせたのか、俺にはわからなかった。

「名前、俺は…」
「協力してあげようか」

名前は静かに立ち上がった。木製のベンチがギィと控えめに音を立てる。数歩進んだ名前は、木陰と日向の境目で立ち止まって振り返った。

「杏ちゃん可愛いし、なんて言ったって橘先輩の妹だもんね。ライバルは多いと思うよ、神尾」
「……」

ずっと、好きな子がいた。

俺は彼女の笑顔が大好きで、彼女が笑うと俺もつられて一緒によく笑った。そんな関係が好きになった。感情表現がまっすぐで、さっぱりと晴れた青空のような彼女の隣で、他愛もない会話と共に笑い合う事が好きだった。

その彼女は、今目の前で俺に向かって微笑んでいる。ただ、それは俺が望んだ笑顔でない。名前は、自分が今上手に笑えていないことをわかっているんだろうか。

今すぐにその手を掴んで引き寄せて、違うと、名前の言葉を否定することは容易いはずなのに、俺の足はその場に張り付いたように動かないし、口の中はカラカラで声を出すことも難しいように思えた。今動かなければ何かを逃してしまうことはわかっていた。けれど動けなかった。彼女の言葉の全てを否定したいのに、できなかった。

ずっと、名前が好きだった。

ただ、隣で笑い合う関係を壊したくなくて、ずっと言えなかった。杏ちゃんのことは、可愛いと思った。尊敬する橘さんの妹で、テニスも上手くて、話をしていても楽しかった。ただ、それだけだった。けれど、本当にそれだけだったのかと問いただされると、俺はどう答えていいのかわからない。

あっ、と名前が何かを思い出したように声を上げた。

「今日、神尾の誕生日だよね」
「あ、ああ」

名前はおめでとう、と微笑んだ。俺はありがとう、と笑った。
果たして俺が上手く笑顔を作れたのか、彼女がどんな思いで笑ったのか、俺にはわからなかった。


ずっと、好きな子がいた。

俺はずっとキミが好きだったよ。だからいつもみたいに、笑ってくれよ。
手を伸ばせばすぐに届くのに、臆病な俺はそんなことすら言えないまま、ただ不自然な彼女の笑顔を見つめた。



title by 休憩

一日遅れたけど、神尾くん誕生日おめでとう!

(2013/08/27)




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