「…名字やん」
「…あ」

雑踏の音に紛れてはっきりと自分の背中に向けられた台詞に振り返ると、いつものごとくの仏頂面がそこにいた。家族連れやカップルが行き交うショッピングモール内、ちょうど歩いている途中で立ち止まった格好で一氏はこちらに顔だけ向けていて、私は顔だけでそちらを振り返っている。

「一氏も買い物?」
「見りゃわかるやろアホか」

仏頂面にさらに眉間のしわを増やした一氏の手には、服屋のものと思われるロゴ入りの紙袋。ただ、男子が行くような服屋なんて男兄弟のいない私にはわからないからあくまで推測だけれど。

「そういう名字も買い物か」
「ん。まあ、そうやね」
「服買いに来たんか?」
「ちゃうけど、ちょっと寄ってみただけや」
「なんや、ただの冷やかしかいな」

冷ややかに鼻で笑う一氏にムッとして、私は顔の向きをもとに戻して、ちょうど手に持っていたワンピースをもう一度見る。薄いピンクに白い小花柄がフレアの先にだけ散りばめられた可愛らしいデザイン。あまり自分が選ぶような服ではないけれど、女のコなら誰でも一度はこういう服を着たいと思うのが性だと勝手に思っていたりする。

「…それ、買うつもりか?」

すぐ後ろから声が降ってきて、いつの間にか一氏が背後にやってきたことを知る。四天宝寺中の生徒としての反射神経が勝手に反応して、大げさなほど飛び退いてしまったが、一氏は特に気にした風もなく、ただじっと私の右手にあるワンピースに視線を向けている。

「び、びっくりさせんといてよ!」
「はァ?…そのピンク、買うつもりなんか聞いとるんやけど」
「…かわええと思って見とっただけや」
「ふーん」

今度はちらちらと視線を移動させるので、何を見ているのかと思えば、どうやらワンピースと私の今の服装を見比べているようだ。つられて自分の格好を見下ろす。黒のスキニーパンツに上は水色に白で英字の書かれたTシャツと白い薄手のカーディガン。

「……」
「買わんのか」
「…どうせ似合わんって一氏も思っとるんやろ」

無言でワンピースを戻そうとすると、また一氏が声をかけてきた。つい口調がトゲトゲしくなる。一氏も、元々口調が荒いからなんだか喧嘩でもしているみたいだ。
着たいと思っても、どうせピンクのワンピースなんて、私のガラじゃない。わかっているけれど、無言で、しかも異性から指摘されてしまうと何だか悲しくなってくる。可愛い格好が似合わない女子って、どうなの。

「ああ、似合うとらんな」

…無言じゃなかった。普通に言葉でストレートに表現されてしまった。
一氏の言葉がグサリと刺さり、私はもう何も言い返す気すら起きなくなって、そのまま何も言わずに立ち去ろうと思った。ていうか、なんで偶然会った一氏にこんなにダメだしされなきゃいけないのか。元々ウィンドウショッピングだけのつもりだったのに。意味がわからない。
と、内心一氏に対する一方的な苛立ちを募らせながら背を向けようとすると、背中に「おい」と一氏の凄んだような声が追いかけてきて、左手を掴まれた。

「…何なん!?」
「自分、何怒ってんねん」
「だってワンピース似合わんのやろ?!もうええっちゅうねん」
「はァ?誰もワンピース自体似合わんなんて一言も言うとらんやろアホか!」

そう言うと、一氏は人の左手を掴んだまま、ずんずんと服屋に入っていく。手を引かれるまま、ろくに抵抗もできずにその後を追う形になる。足を止めた一氏は何着か手早く物色すると、その中から取り出した一着を私の鼻先に突き付けた。

「買うならこれにせや」
「…はぁ?別に買わんって言うとるやん…」
「大体、お前ピンク似合わんのや。いっそ思い切って白着ろ。あの花柄も似合わん。あとさっきの丈な、短すぎ。これくらい、もうちょい長めの方がええ」

人の話をろくに聞かずに自分の意見を言うだけ言った一氏に気圧されるようにそれを受け取る。切り返しのない、シンプルなAラインの白いワンピース。よく見ないとわからないレース地は、細かい花の模様になっている。確かにこっちも可愛いけれど、どっちにしろ私はこういうのを着るガラではない。

「いや、でも私どうせこんなん似合わんし…」
「俺が保証する。絶対こっちがええ」
「いやだから…」
「…ほんま強情なやっちゃな!絶対似合うてって言っとるっちゅーのに!」

あくまで買うつもりのない私が首を横に振り続けると、しびれを切らしたのか一氏が少し乱暴に私の手から白いワンピースをひったくる。そのまま元あった場所に戻すのかと思いきや、なぜか一氏は私を置き去りにしたまま店の奥へ。

「すんません、これください」
「ちょっ、一氏?!」

慌てて駆け寄るも、あっという間に会計を済ませた一氏の手には、明らかに女性向け服屋然としたショッパー。中身はもちろん先ほどのワンピースだ。

「ありがたく受け取れや」
「何勝手に買うてんの?!別に頼んどらんし!」
「ごちゃごちゃ言うなや!俺気ぃ短いねん。はよ受け取れアホ!」

無理やり押し付けられたショッパーを反射的に受け取ると、相変わらずの仏頂面で一氏は言い放った。

「俺が選んでやったんやから似合うに決まっとるっちゅうねん。まあ気に入らんかったら捨てるなりなんなりすればええやろ」

それだけ言うと一氏はそのままくるりと背を向けて去って行こうとする。

「…え、ちょ、待って、お金!」
「…ああもう!ええって言うとるやろ!俺が!お前に!買うてやったんや!もうあとは好きにせい!!」

通りかかりの数人がチラチラと窺うような視線を送っているが、まったく意に介していないようで、振り返りざまにそう怒鳴るように言い捨てると、足早に、今度こそ本当に去っていってしまった。走って追いかければたぶんすぐに追いつくのに、私の足はぴたりとその場に張り付いたままだった。

「…なんやねん、一体」

誰にともなく呟いて、ショッパーに視線を落とす。そして再び顔を上げる。どんどん人波の向こうへ行ってしまう一氏の背中を見つめる。

(…まあ、確かにセンスは悪ぅないか)

いつも見慣れている学ランとは違う彼の私服は、今頃気づいたがなかなかセンスのいいものを着こなしている。きっとあの右手にある紙袋の中身も、一氏なら着こなすことのできるものなのだろう。

ぴたりと張り付いていた足をようやく動かして、私も歩き出す。家に帰ったらすぐにこのワンピースに着替えよう。そして次の日曜日は、これを着て出かけよう。その時に一氏に会えるかどうかはわからないけれど、もし会えたら面と向かって「似合うてる」って、仏頂面じゃなくて、もう少し柔らかい顔でそう言ってもらえると嬉しいかもしれない。なんて考えているうちに、いつのまにか私の頬はゆるゆると緩んでしまうのだった。


title by カカリア

(2013/08/18)




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