やってしまった、ついにやってしまった。

廊下を進む足は安定しない心音につられるように不規則に早まってみたり立ち止まりそうになったり。おそらく傍からみればなんとも挙動不審に違いない。しかし認識しうる限りでは周りに人の気配はないので気にしないことにする。そもそも気にしたところでなおせる自信もないのだが。

今日は私の想い人の記念すべき誕生日である。しかし私はあいにく密かに影から想うことしかできないようなチキンで、モブAとでも称すべきなんら特色もない女子生徒の一人であり、今日私が目にした光景の中で彼を取り囲んでいた可愛い女の子たちに比べたらなんと地味な存在であることか。一念発起して彼のために作ったシフォンケーキだって、彼女たちが手にしていた有名店のクッキーに比べたら見た目も悪ければきっと味だって確実に劣る。偶然にも彼と同じクラスで彼の隣の席というなんとも幸運な座席に恵まれ、最近少しは会話をするようになれたと思っていたけれど、よりによって今日に限って話しかけるタイミングを逃してしまった。本当はあの可愛い子集団のように、直接「おめでとう」の言葉と一緒に渡して、あわよくば受け取ってもらいたかったところだが、それも叶いそうにもなかった。

そこで私が取った方法とは、なんとも単純かつ地味な方法だった。

(丸井くん、持って帰ってくれたかな…)

私は隣の席という好位置を利用し、彼の机の脇にひっかけてある、たくさんの女の子からもらっていたプレゼントの中に、持参したそれを潜り込ませたのだ。メッセージカードに名前は書かなかった。無難に「誕生日おめでとう」とだけ書かれたカード。きっとあれだけたくさんあるのだから誰からどれをもらったかなんて分かりはしないだろうし、私があげたということを知ってもらう必要性も感じなかったのだ。もらってもらえるだけでよかった。彼の手に渡った、という事実だけで今日の私のミッションは成功と言えるだろう。というわけで、何食わぬ顔をしてシフォンケーキの入った紙袋を置いたのち、掃除当番であるのをいい事に一目散に教室を出た次第である。

そして冒頭に戻り、掃除を終えた私はばくばくとうるさい心臓の音を聞きながら、置き去りにしてしまった荷物を取りに教室へと向かっているところなのである。

大半の生徒はすでに部活や委員会へ行ってしまったあとのようで、先ほどから誰にもすれ違わないまま教室まで戻ってきた。ガラリと戸を開けると、机の上に置かれたままの私の鞄。そしてその隣の机にかかっていた荷物が全て姿を消していることにほっと胸をなで下ろした。何はともあれ、昨晩必死に作り上げたケーキは丸井くんの元へ届いたのだ。浅く安堵のため息をついて、私はゆっくりと自分の席に向かった。

「名字!」

タイミングよろしく自分の鞄に手を伸ばしたその時、突然呼ばれた声はとても聞き覚えがあるものだった。無意識に肩が大きく揺れて、収まったはずの心拍数が再び急上昇する。振り返ると、思い描いた通り、しかし今の時間なら既に部活に行っているはず、想い人であり本日の主役であるその人物が教室の戸に手をついて立っていた。若干肩で息をしているものの、彼はその瞳にまっすぐ私を映している。

驚きのあまり顔だけ振り返った体勢で言葉を発することすらできない私の方へ、丸井くんは一歩一歩近づいてくる。丸井くんの上履きを踏む音がやけに耳に響いた。よく見れば彼の手には見覚えのある紙袋。
……え、なんで、

「…これ、お前のだよな?」

二歩分の距離で立ち止まると丸井くんは軽く右手に持ったそれを掲げた。

「えっ、あの、だって、え?名前書いてないのに…なんで、え…?」

返事をしようと乾いた唇を開いてみるが、いざ発してみた言葉は妙に空回りしていた。
情けないほどに目が泳いでいるであろう私に対し、丸井くんはひどく落ち着いていて、そして真剣な目をしていた。その視線に絡め取られるように視線が合う。丸井くんが再び口を開く。教室の窓から吹き込んだ春の風が、静かに頬をかすめた。

「好きなやつの字くらい、わかる」

思考回路、ショート。
カラカラに乾いた唇を動かすことすら出来ない私の耳に、紙袋を掲げる丸井くんの言葉が通り抜けていく。部室着いてからこれ気付いてさ、どうしても今日のうちにお礼言っておかなきゃと思って、慌てて戻ってきたんだけど、名字が教室にいてくれてよかった。って、え、待ってちょっと待って、まだ私には状況がいまいち掴みきれない、

「ケーキ、ありがとな!すっげーうれしいぜぃ!」

そう言って笑った丸井くんのその顔は、私の大好きなそれで、しかしほんのり赤く染まった頬はまるで見たことのない表情で。未だに混乱したままの思考では、ただ丸井くんの笑顔を見つめることしかできなかった。しかし、じわりじわりと先ほど丸井くんが発した言葉の意味を咀嚼してやっとも思いで飲み込めた瞬間、自分の頬にかぁっと熱が上るのを感じた。


なにこれ、こんなサプライズ、私聞いてない。








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主催企画『青林檎』に提出

丸井くんお誕生日おめでとうだろぃ!


(2013/04/20)




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