3年F組の現代文担当の教員は、いつもクラス平均を先に黒板の端に記入する。

学年平均69点…いやいや、いくらなんでも低すぎないか。
と、名前は首をかしげつつ、しかし内心にんまりと微笑んだのも事実だ。

「今回のテストの平均は69点だ。まあ今回は高等部を意識して応用を多く入れたから仕方がないが、この平均を上回ったからと言って油断してはだめだからなー」

では順番に取りに来いー。

先生の言葉と共に教室のあちらこちらから聞こえる席を立つ音。そしてざわざわと聞こえる誰かの声はあっという間に教室全体へと広がっていく。
名前はそんななかそわそわと落ち着かない様子で自分の順番を待っていた。

「名字ー」
「はぁい!」

うきうきとした表情を隠すことなく教師の前に立つと、教壇をはさんで苦笑を返される。しかしその苦笑は決して悪い意味のものではない。席に戻る道すがら、ぺらりと右下に書かれた赤文字に視線を落とす。

(97点かー)

何を隠そう、国語は名前の得意中の得意科目だった。まず90を割ったことはない。席について解答を見直すと、読解の問題から2点部分ミス、漢字の凡ミスで1点引かれていた。なんだか、ちょっとだけ悔しい。

(でもこれは今回もクラス一位はもらったな!)

なにせ、ほかの教科は平均中の平均を誇る名前は、この科目だけが唯一の自分の誇れる成績と言っても過言ではない。

名前は脳裏に浮かんだ実際に今姿は見えぬ赤毛のあいつにそっと嘲笑を浮かべる。残念でした、どうやら今回も私の勝ちみたいね。

そしてこの、3年F組の現代文担当の教員は、いつもテストを返却し終えると決まってクラスの最高点を発表する。この最高点に名前の獲得した点数はほぼ毎回と言っていいほど教師の口から発表される。
しかも今回はこの平均点の低さ。まず自分より上がいることなど微塵にも思えなかった。

しかし、

「さて、今回のクラス最高点は…98点だな」
「えっ?!」

思わず声を上げるが、周りがそれ以前にざわついたままで名前の一声はあっと言う間にかき消される。

(まじか…やばい、なんかショックだわ…)

追い討ちをかけるような教師の何気ない発言に、名前は目に見えて肩を落とした。
ああ、この漢字で凡ミスなんてしなければ…せめて同着一位だったのに。今更後悔してもどうにもならないようなことが頭の中を支配してぐるぐると巡っていた。どうやら自分で自覚していた以上に今回のテストに自信があったようだと、他人事のように頭の片隅で考える。

ていうか誰だよ98点なんて取ったやつ。



「名前ー!名前でしょ、98点!」
チャイムの音がなった途端に友人の一人が私に飛びついてきた。

「…違う、私じゃない」
「えっそうなの?名前が、珍しい」
「ちくしょー悔しいー!絶対一位だと思ったのにー!」

机をバシバシと叩く名前を、まあまあ、となだめる友人。

「名字ーー!!」

そこへ突如として現れたのは、赤毛のガム…B組の丸井ブン太。

「丸井…」
「国語返されたんだろぃ?点数教えろ!」

ブン太の手には、同じく先ほどの授業で返されたのであろう、答案用紙と思われる紙が握られていた。
そう、この丸井ブン太と名前は国語の試験で毎回勝負を繰り広げていた。一年生の時、席が隣になった時、お互いの得意科目が国語であることを知って以来、それは今の今まで続いている。三年になった今、B組からわざわざ教室の離れたF組までやってくるとは、ご苦労なことである。しかし、もはやブン太が名前のところへ点数をききに来るのは国語の試験後の恒例と化しているので誰も気に留めることはない。

「って、なんでお前そんな辛気臭い顔してんだ」
「クラス一位取れなくて落ち込んでんのー」
「…はははっ、今回は俺様の勝ちみたいだな!」
「…」
「なんてったって、今回は俺様がBの一位だかんな!どう、天才的だろぃ?」

名前は勿体ぶったようなブン太のドヤ顔を睨みつけた。

「で、いいから早く言えよデブン太」
「へへ、見て驚け!」

いつもなら何かしらの反応を示す悪態を見事にスルーして、ブン太は名前の鼻先に自らの答案を押し付けた。正直に言うと、近すぎて見えない。正直、名前は確信していたクラス一位を逃したショックにじわじわと蝕まれていたため、もうブン太との勝負などどうでもよかったのだが、その答案をブン太の手からひっぺがすと、改めて点数の書かれている右下に視線を落とした。

そして

「…ぷっ」
「え?ちょ、なんなんだよ」
「あはははは!!」
「名前?」

突然吹き出して笑い出した名前にブン太はあっけにとられ、友人もきょとんとしている。

「いやいや、ごめん、はい、ありがとう」
「ありがとう、じゃねーよ!お前の点数も教えろぃ!」
「97」
「は?」
「97点」

ちなみに、ブン太の点数は92点。

「嘘だろ?!」
「嘘ついてどうすんのよーぷーくっくく。また今回も私の勝ちみたいね!はっはっはー!」
「ちくしょー!名字めっちゃ落ち込んでやがるからてっきり点数落ちたのかと思ったのによー!」

地団駄を踏むブン太に笑いが止まらない名前。
毎回毎回、飽きるほど繰り返した勝負の勝敗で、さきほどまでの憂鬱さが幾分か和らいでしまった自分の単純さに少し呆れつつも目の前のブン太のショックの受けように、立て続けに笑いの波が押し寄せる。

「つーか誰だよ、今回名字より点数よかったやつって!」
「さぁ?一点差だったからめっちゃ悔しかったんだけど」
「ちくしょう、名字に勝っていいのは俺様だけだっつーの!」

いやいや、なんだそれ。

予鈴が鳴り、ブン太は教室の戸へと駆け出しかける。しかしふとすぐに足を止め、こちらを指差すと高らかに宣言した。


「名字は俺だけのライバルだかんな!」



君は好敵手



「どうした名字、顔がにやけてるぞ」
「あ、柳くん。いやね、ライバルっていい響きだなぁって改めて思ってたの」
「そうか」
(そういえば、国語のクラストップって誰だったんだろう)と名字は言う」
「なんで?!」
「ふっ…ちなみにそれは俺だ」
「なんだって?!」
「今回は特に調子がよかったのでな」

そしてその後担任に渡された試験結果通知に記された国語学年2位の文字。
…どうやら、ライバルが増える予感。



(前サイト掲載:2012/07/16)




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