「...まどか。」

名前を呟き、彼女はまるでショックを受けたかのような顔をしていた。

「...なんや、久しぶりやん。美奈子”ちゃん”。」
「..........。」

全身の細胞がぎゅっと縮まったような、そんな衝撃を受けた。
出会ったばかりの頃、丁寧にちゃん付けをしていた。自分なりに気を遣って、どうにか振り向かせようと頑張っていたつもりだった。

自分らしくない。どうしようもなく動揺し、皮肉の言葉が込み上げては、飲み込んでいる。

(そんな顔したいのはオレのほうやで...)

目の前で突っ立っている彼女には、卒業式で思いを伝えるも、玉砕。
今まで遊んでたツケが回ってきたんかな、とも思った。意外と脈アリ?と少しばかり期待していた自分が恥ずかしくなった。

卒業して、どうしてこんな道で、こんな何でもない夜に会ってしまうのか。もう少しで女々しい自分とも、心の中に居続ける美奈子ともおさらばできると思っていたのに。
押していたバイクのハンドルを、いつのまにかきつく握りしめていた。手のひらに少し痛みを感じ、片手を離して握ったり開いたりしてみた。

「そ、そんな”the気まずい雰囲気”出さんといてやぁ」
「気まずいだなんて、そんなつもりじゃ...」

美奈子は、右肩に背負っていたカバンの持ち手を両手でぎゅっと握った。
その姿は、大学の帰り道のように見えた。そういえばこの辺は一流大学の近くだったか。

「...えっと、元気だった?」
「まぁまぁやな。」
「...そっか。」
「ジブンは、ちゃんと大学生やってるみたいやな。」
「うん、なんとか。」
「はは、留年しそうなんか?」

自分は、どうして話を続けようとしているのか。
これじゃまるで、逃すまいとしているようで、認めたくない感情が湧き上がってくるようだ。
美奈子は目を合わせず、静かに微笑む。

(はよ帰りたいやろなぁ)

「...なっちんとは、どう?」
「...ん?なんで藤井が出てくるんや」
「え?」

美奈子は、きょとんとした顔でこちらをみた。
何の疑いもない、綺麗で澄んだ瞳が目に入る。
懐かしさすら覚えて、心臓にずっしりと重い何かがのしかかる感覚に襲われた。

「なっちんと、付き合ってるんじゃないの?」
「は、はぁ?なんやねん急に!付き合うてないわ!オレは、今...」

言いかけた言葉を飲み込んだ。
沈黙が流れる。
美奈子はまたびっくりしたような顔をして、ばっと目を背けた。

「...何でもないわ。まぁ、卒業式にそんな話はされたけどな。...そん時オレは...美奈子が好きやったし...」
「...私、てっきり...」

美奈子もまた言いかけて止め、大きいため息をついた。下がった肩は、なんだか頼りなさそうに見えた。


卒業式の時もそうだった。

“ごめんなさい、私そんなつもりじゃ...”

一言一句が脳裏に焼き付いて、離れない。
あの時の表情、声のトーン、教会の匂い、沈黙。そして美奈子の涙。肩を下げて、申し訳なさそうに頭を下げていた。
全て、まるでトラウマになったかのようにまとわりついて消えないのだ。

まさかまた、こうして自分の前に現れるなんて思ってもみなかった。
時間は長すぎるほどに流れた。

「...美奈子は、藤井とオレが付き合うてたほうがよかったか?」
「...え?」
「オレは、今でも美奈子が好きやで。女々しいかもしれんけどな、信じられんほどに忘れられへんのや。」
「........」
「再開して早々言うセリフやないとは思うとるけど、これで、最後や。」

まるで詰め寄るかのように美奈子に精一杯の言葉を投げかける。
ごめんな、美奈子、そう思いながら。

美奈子は、一瞬固まったかと思うと、ゆっくりとこちらを向いた。暗がりの中で、美奈子の瞳に涙が溜まっているように見えた。

こんなに心揺さぶられるのは、1人だけ。
ちゃらんぽらんな生活から脱して、たった1人の女性を愛する素晴らしさと幸せを教えてくれた。

「また困らせてもうたな〜。すま...
「私!その...本当は!」
「!?」

自分の言葉を遮った美奈子は、カバンの持ち手をいっそうぎゅっと握りしめて、こちらを向いていた。

「本当は...私も、好きだった.....」

栓が抜けたかのように、美奈子の目から涙がぽろぽろと流れ落ちた。鼻をすすって、しゃくり上げるのを堪えていた。

「ん!?何事や!?」
「ごめんまどか。...私、ずっとまどかのこと好きだった...でも、でも....っ」

泣きじゃくる美奈子を見て、自分の心の中の衝動が大きくなってきていた。
その衝動に駆られ、気づけば美奈子を抱きしめていた。

「...まどか」
「...無理に話さんでええ。もう十分や。」

美奈子は、自分の胸の中で泣いていた。
藤井と美奈子ははば学時代仲が良さそうだった。
その様子から、卒業式のことは察しがつく。

今まで苦しくて仕方がなかったこの心から、重りがすっと抜けていった。
未練なんて抱いていても何も変わらないと思っていた。でも、全てはこの瞬間のためにあったのか。

美奈子の髪を撫でる。
いつかも、髪を触ったことがあった。
変わらず、柔らかくて、少し猫っ毛の髪だった。

「...あとでゆっくり話そな。」
「うん...」

お互いの存在を確かめるかのように、抱きしめあって体温を感じた。

(好きや。)

そんなシンプルな言葉に込められる想いはどれくらいなのか。今は、離したくないこの存在を素直に感じていたい。




END
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