雨が降っている。
下校時刻になっても止まない雨は、土をふやかして水たまりをいくつも作っていた。

(傘、忘れちゃったな。)

渡り廊下で1人、外を眺めながら美奈子はふと思っていた。
廊下の手すりは、吹き込んだ雨で濡れている。
プラスチックのすのこを踏むと、上履きと擦れてキュッと軽快な音を立てた。

(今日は雨が降るって予報が出てたのにな。)

「そこは雨が吹き込む。中に入りなさい。」

横から声がかかり、咄嗟にその声が聞こえる方向に顔を向ける。その目で声の主を確認すると、美奈子の口角は自然と上がってしまっていた。

「氷室先生、今帰るところですか?」
「ああ、そうだ。」
「先生、一緒に帰りませんか?実は傘忘れちゃって。」

美奈子は吹き込んだ雨が作った水たまりをよけながら、氷室がいる室内へ歩く。

「全く、予報を見ていなかったのか。」
「見たんですけど。つい、うっかり。」

氷室は呆れたように苦笑いすると、「ついて来なさい。」と美奈子に背を向けて歩き出した。

「今度の期末テストの意気込みでも聞かせてもらおうか。」
「ええ?そんなの聞いてもおもしろくないですよ。」
「遠慮する必要はない。」
「意地悪。」
「どこがだ。...隣に来なさい。傘を持っていないんだろう。」

下駄箱でしゃがんで靴を履いていると、すでに靴を履き終えた氷室が大きな傘を開いてこちらを向いていた。

ドキンと高鳴った心臓の音を、雨の音でかき消そうと、雨が打ち付けられている地面に目をやる。

「...失礼します。」
「傘は十分な大きさだ、2人とも濡れる心配はないと考える。行くぞ。」

相変わらず雰囲気のないセリフを告げて、氷室は歩き出し、それに合わせるように美奈子も足を一歩ずつ進めた。

(相合傘だ。)

降り続いている雨は激しさを衰えさせず、周囲の雑音は鳴り止まないはずなのに、この傘の中、雨が傘に打ち付けられる音に包まれて、なんだか、

(今、2人っきりだ。)

そんなことを思い切り主張されているようだった。

「乗りなさい。」

車の助手席の前に来ると、氷室はドアを開け、美奈子が座るのを誘導する。
ローファーが泥水で少し汚れていることに申し訳なさを感じながら、助手席のシートに座った。遅れて、氷室が運転席まで回り、ドアを閉める。外との壁が出来、雨の音が、一気に小さくなった。

「先生にエスコートされちゃいました。」
「何を言っている。出発するぞ。」

車のエンジンがかかり、ゆっくりと進んで行く。いつのまにかつけてくれていた暖房が効いて来て、身体が温もりに包まれた。

「...最近は、雨が好きなんです。先生と一緒に帰る口実が出来るから。」
「...そうか。」
「今日も、見つけてくれて嬉しかった。」

美奈子がそう言うと、氷室は一度こちらを見たあとすぐに前を向き直した。ちょうど信号が赤になり、車を停車させると再度こちらを見て今度は少し微笑んだ。

「...君はいつも一際目立って、私の目にうつる。君を見つけることなんて容易いことだ。」
「先生...」
「私も、雨は嫌いではない。」

信号が青に変わり、氷室は再度前を向き、ハンドルを握って車を発進させた。




「一旦車を止めるぞ。」
「...はい。」

美奈子の家まであと少しのところで、氷室は適当なスペースへ車を止めた。
次に起こることは、毎回お決まりになってきているため、車が止まると自然と美奈子の頬はほんのり赤く染まっていた。
雨は、まだ降り続いている。

「小波。」
「先生、あの」
「どうした。」

氷室はそう返答しながら、美奈子の肩に手を当て、美奈子の身体を自分の胸の中に引き寄せた。淡白な物言いをしながらも、美奈子に触れる手は熱く、力強い。

「...好きです。」

美奈子は、氷室の首筋に顔を埋めながら、火照って仕方がない顔を緩ませ、呟いた。
氷室の大きい手のひらが、美奈子の頭を撫でる。

(先生との、秘密。)
(誰にも言えない、先生とだけの。)

やがて2人は身体を離し、お互い引かれ合うように唇を重ねた。

「先生、これがじゃま。」

美奈子は口を尖らせてサイドブレーキを指差す。すると氷室はフッと笑う。

「今は、これがあったほうがいいだろう。君が卒業するまでは。」
「...わかりました。」
「よろしい。」

肩を落とした美奈子を見て氷室は微笑むと、美奈子の顎に手を添え、もう一度唇を重ねた。

雨は、一向に弱まる気配さえ見せない。
だんだんと積み重なった結露が、窓を真っ白く覆っていた。




END
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