01. まだ見ぬ獲物



 鬱蒼と生い茂る緑の間に春の日差しが差し込んで、ぴゅうと吹く風に葉の香りが混ざる。整地されてもいない道なき山道は、人が通るには不便極まりなく、そんな場所を優雅に歩いているのはヒソカ一人だった。
 着慣れた戦闘服のまま闊歩するヒソカの頬には、トレードマークともいえる星と雫のペイントが施され、ペイントの上には、ヒソカのものではない血液が付着している。血液がたらりとヒソカの頬を伝うを見るに、付着してから時間が経過していないことがよくわかる。
「ひどいなぁ そんなに逃げなくてもいいじゃないか
「ひぃっ……」
 片手に血塗れのトランプ、片手には生首。生首の切断面からは血液が滴り、つい先ほどまで人間の胴体とつながっていたのが見てとれる。
 ヒソカの前で尻餅をついた男は、己のまだ繋がっている首を恐怖からふるふると横に振ってガチガチと歯を鳴らし後ずさる。けれども木々の立ち並ぶ山の中では、すぐに背が大木にぶつかりそれ以上は下がることはできなくなった。
「キミで最後だから教えておくれよ どこへ行くんだい?」
 にっこりと笑みを携えたヒソカは、持っていた生首を男へ投げる。まるでボール遊びでパスをするかのように投げられた首は、座り込んだ男の足元へごろりと転がった。
「……っ」
 ヒュッと男の喉から音がする。
 転がった生首に視線釘付けとなった男は、圧倒的なまでの力量の差を目にして、どうすればこの場をやり過ごせるかという逃げの姿勢でいっぱいだった。
「統制のとれた動きからして、キミたち殺し屋だろ?」
 ボクの知ってる殺し屋とはずいぶんと格が違うけどとヒソカは続けた。
 ヒソカお得意の気まぐれ散歩の最中に彼らはいた。ククルーマウンテンほど大きな山ではないが、それなりの大きさのある山の麓に屯していた男たちを見つけてヒソカはにやついたものだ。
 見たところヒソカのお眼鏡にかなう男たちではなかったが、ずいぶんと殺気立った男たちは、明らかに戦闘訓練を受けている体だというのが見て取れた。そんな男たちが臨戦体勢とも言える状態で多数いるというのは、つまるところ、彼らが向かう先にそれなりのターゲットがいるということだ。それなりというのがヒソカの期待値を上回らない可能性もあるのだが、人数を揃えている時点で彼らのうち一人一人の単体では歯が立たないのだろうことが窺えて、ヒソカは男たちに声をかけた。「そんなに殺気立ってどこに行くのかな?」と。
 そこから始まった鬼ごっこは山の中へと続いて行った。
「キミたちのターゲットが知りたいんだよ
 最初に一人を締め上げて聞き出してもよさそうなはずなのに、ヒソカはそうはしなかった。小物に興味もなければ時間をかける必要もないが、ターゲットが面白い玩具ならば横槍が入るのは面白くないと、邪魔になるものを確実に排除していった。そうして最後の1人となった男にその情報をもらうのだ。
 男は恐怖で鳴っている歯を食いしばる。ヒソカに敵わないだろうことはもはや目の前の光景で歴然だ。けれども彼とて殺し屋だった。血濡れのピエロに知っている殺し屋とは格が違うと嘲笑われ、カッと頭に血が上る。そうやすやすと情報を吐いてなるものかと、震えた手をぐっと握ってヒソカを睨む。
「おや、キミは彼らより骨がありそうだね
 男の眼光を受けて、ヒソカは口の端だけでクッと笑う。
 とっくに亡き者とした連中と同じで逃げ惑うばかりかと思いきや、どうやら多少の気概はありそうだ。それならばと、ヒソカは一歩だけ後ろに下がる。
「立ちなよ おしゃべりと戦闘デートはセットじゃなくちゃ
「くそが!!」
 立ち上がると同時にヒソカへ向かって駆け出す男に、ヒソカは恍惚と笑みを浮かべて腕を振るった。


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