00. おまけ



「うーん、困ったねぇ
 アリスを河川敷へ置いて、長蛇の列へと戻ったヒソカはひとりごちた。ぽりぽりと頬をかいて、彼にしては珍しくも困り顔だった。
 ヒソカの記憶力は決して悪くない。興味がなければ忘れるだけで、必要なことは覚えているし、記憶を辿れと言われたら難なく思い出せるのだ。
 あれは、かつての少女だ。
 すっかりと忘れていた遠い記憶を思い出した。
 背中を掴まれていなければ、自分に縋る同じ瞳をしていなければ、先を行こうとする自分を引き留めるという同じシチュエーションでなければ、きっと思い出すこともなかっただろう。記憶のトリガーなんてそんなものだ。偶然からふいになにかを思い出すことだってある。
 据え膳を食べたっていい。向こうが望んでいるのだから。
 けれども心理戦を得意とするヒソカにとって、相手の望みなんてものは手に取るようにわかる。
 あれが真に望んでいるのはそういうことではない。
 特定の相手を作らないヒソカは、いろんなところで遊んできた。一夜限りの女もいれば、それなりの期間楽しんだ女だっている。それでも、彼は手を出してもいい相手と、そうではない相手を見極めてきた。後腐れのない女。聞き分けのいい女。わがままであるが自分の好きにできる女。数えればキリがないが、ヒソカにとって面倒くさくない女を選んできた。面倒くさい女であっても、ヒソカにとってはたいしたことはなかったが、やはり面倒というものはないほうがいい。
 そしてそんな経験をしてきたヒソカが見るに、アリスはヒソカが手を出さないタイプの女だ。
 本気の女ほど、面倒くさいものはない。
 あれは本気の女とはまた違うが、その気質がある。本人は思い出作りのつもりであろうが、その本人が自分の心に鈍い節がある。そのときの気持ちとは別に、後から追って自分の心を理解する人間とはいるもので、アリスは典型的なそのタイプに思えた。
 それならさっさと手を切ってしまえばいいのだが、それをやるのは少しバツが悪い。バツの悪さなんて本来気にならないが、ほんの少し、ほんの少しだけ報いてやりたくなったのだ。
 だって可愛いんだよね
 ヒソカを知る人物であれば、ひっくり返ったことだろう。お前にそんな感情があったのかと。
 もちろん見た目の話ではない。
 自分に無条件で寄ってくる幼き少女。キラキラと目を輝かせていた少女。コロコロと表情が変わって、素直で、自分が置いて行かれるなんてつゆほどにも思っていなかったような純朴な少女。そんな少女が、いまもなお自分に好意を寄せているというのは、単純に可愛いと思うのだ。微笑ましいという表現がより近いのかもしれない。
 ずっと想っていたわけではないだろう。遠い日の、あの時点で自覚していたとも思えない。
 ヒソカがいなくなって自覚したか、再会して自覚したかは定かではない。そして、その自覚の心はいまの心ではない。
 アリスが想いを寄せているのは、ヒソカではないからだ。
 彼女が、少女が心に想うのは、遠い日のヒソカくんなのだろう。
 それにほんの少しだけ報いてやりたくなった。きっと、自分の気まぐれさで泣く羽目になった、幼き少女への手向のようなもの。
 気まぐれに依頼を受けたついでだ。依頼といっても、その依頼が嘘なのももうわかっている。けれどもそれを突っ込むのは、野暮というものだ。
 たまには善行も悪くない。
 気まぐれな男の気まぐれとはそんなものだ。そうと決まればと、ヒソカは人混みの中で出店を見渡した。
「噴水はないけど、勘弁しておくれよ
 縁日に必ずと言っていいほど売っている、手持ち花火を探しにヒソカは列を進むのだ。


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