01. 負けない女は見つかった
「こいつがヒソカ」
たまに利用するホテルのラウンジでそう言ってイルミから人を紹介された。運び屋をやっていた私は彼から仕事の依頼を受けることはわりとあった。けれども、ただ人と会ってほしいと頼まれたのはこれが初めてのことだ。
初めはただの軽いお願いだった。一緒に一仕事終えたあとに飛行船で帰っていて、特に話すこともなく窓の外を眺めながらぼーっとして向かい合った席に座っていた。どれくらいそうしていただろうか。
「来週暇? 会ってほしい奴がいるんだよね」
相変わらず何を考えているかわからないイルミの口が突然開いた。目線を彼に移すと真っ黒な瞳がこちらをジッと見つめていて、もうすっかり慣れたその眼光を受け止めて会話を始める。
「来週はとくに予定もないけど。だれ?」
なんとなく相手はどんな人なのか訊ねてみたら……
「名前はヒソカ。戦闘狂の変態」
そう答えられて会うはずがない。いやだと断れば
「だめ? どうしても?」
首をこてんと傾けてくる。どうしても! である。
だれかは知らないけど、誰しもそんな危ない人に会いたくはないだろう。
「わかった、じゃあ依頼する。内容はオレを無事にそいつのところに連れて行くこと。連れて行ったらあとは好きにしていい。金額はいつも通り100万ジェニー先払い、完了したらさらに100万ジェニー。これでいいだろ」
「
依頼にするのはずるくない? 断るよ」
「200万先払い完了後200万」
即座に上乗せをしてくる彼に尋常じゃない圧を感じて口元がひくついた。もともと無表情なせいで威圧感のあるイルミだけれど、こんなふうに私に接するのは珍しい。
「はぁ
せめて理由を教えてよ」
頭を押さえてイルミを見ると、彼は堰を切ったかのように喋りだした。
「この前そいつと仕事したときにさ、うっかりお前のこと話しちゃったんだよね。うん、これはオレが悪いよね。そこは謝るよ。で、そしたら変に興味持っちゃってずっと連絡してくるんだよ。うっかり言っちゃったとはいえオレのせいだし最初は無視してたよ? でも暇さえあれば連絡してくるし、仕事で組むたびに言ってくるし、とうとう依頼扱いでもいいとまで言いだしてもういい加減しつこくて面倒くさいんだよね。一回会わせたらなくなると思うからどうにかしてほしいんだよ」
「
ちなみにだけど、イルミは私のことをどんな風に伝えて相手はどんな反応してたの。そもそもどうしてそんな話になったの?」
なんとまぁ。この彼を疲弊させるなんてどう考えても面倒な人としか思えないしつこさ、もとい、粘り強さだ。本当に悪いと思っているのかと言いたくなるけど、どうやらまいっているのは確からしい。
そのくらいはわかる付き合いの長さなのだ。私の問いに、そのときの出来事を思い返しているのか、やや間があって再び言葉を紡いだ。
「
たしかあいつが何かどうでもいい話をしてたときに、オレに勝てない相手とかいるのかって聞いてきたんだよね。あのときほんとオレなんで答えたんだろう。疲れてたのかな。いるって言ったんだ。負けない女が一人いるって」
「うん
それで?」
「そこからはさっき話した通り。会わせろの一点張りだ。面倒だったけど補足もしたよオレのせいだしね。能力のことは伏せて、戦闘で負けないだけで強いわけじゃない、ほぼ一般人のただの運び屋だって」
頭が痛くなってきた。戦闘狂の変態が? イルミの話を聞いて会わせろ? そんなの目的なんてひとつしかないじゃないか。
「はぁ
私はまったく強くもないしそもそも闘えないってよく知ってるでしょ
それに殺そうと思えば私なんて簡単に殺せるじゃない。なんでそんなこと言ったのよ
」
「いまのところ殺してもデメリットしかないから殺す気がないからね。だからアリスは死ぬことはない。ああ、だからか、だからオレあのときお前が浮かんだんだ」
ポンっと手を叩いて一人納得しているところ悪いけど、今はそんなことどうでもいいんだよイルミ。
私には無理なのだ。戦闘なんてできない。鍛えた身体をしているわけでもなければ攻撃性の念が使えるわけでもない。身を守ることに特化しているだけなのだから。
念の系統は変化系だ。私が許容しない限り、私自身と私が触れているものに如何なる攻撃も苦痛も通さない守りのオーラに変化する。
だが、攻撃に念能力を使うと私は死ぬ。
制約と誓約である。“守ること以外には使わない”という制約と"守ること以外、攻撃に使った場合は命を絶つ"という誓約で、命をかけたおかげでとても強力な防御を手に入れた。誰も傷つけないから誰も私を傷つけるな。ただそれだけの念能力だ。
毒が体内に入ればちゃんと効くし、病気にもなり最悪死ぬ。ただおまけとして、守ることに繋がっているのか少しであれば他人の治癒もできた。ただこれはとても時間がかかるし、あくまでおまけの能力で非常に疲れるためほとんどやらない。それにもう怪我をすることがないので久しく使っていない。
そもそも私は運び屋ではあったけれど念など使えない一般人だったのだ。受ける仕事も裏家業の人と関わることはない、ただ物を運ぶだけの運び屋。それこそ念なんて同業者からちらりと存在を聞いたことがあるくらいで、縁遠いものだった。それなのにいまではこんなふうになったのは数年前の最悪な能力者のせいだ。
数年前、いつも通り依頼者からの荷物を運んでいたときだ。賊から襲撃を受けたあのとき、運び屋仲間が、能力者だ! と叫んでいたのをよく覚えている。気づいたら地面に倒れていて、視界に入るのは仲間の死体だった。殴られた箇所、折られた箇所、刺された箇所、全身が痛くて動けなくて、仕事をしていただけなのにどうしてこんな目に……と何度も思ったものだ。
そうしてふいに身体から何かが抜けていくのを感じて恐怖に襲われ、直感的にこれが全部抜けたら死ぬと理解した。いま振り返れば能力者からの攻撃で精孔が開いたんだとわかるが、あのときはただただ必死だった。
死にたくない、助けて、痛い、怖い、念能力、死ぬ、最悪、やめて、怖い、痛い、嫌だ、念、ひどい、止まって。
そんなことをずっと考えていたと思う。抜けていっていた何かは少しずつ身体にとどまってきていたが完全ではなく、そんな中で弾き出された答えは単純明快なものだった。
私も念が使えたら死なずにすむ。
でも念は痛くて傷つけるもの。そんなことしたくない。痛いのも怖いのも嫌だ。
そこで意識は途切れて起きたら病院のベッドの上だ。
この時点で能力は決まっていたようなもので、いろんな所で念について聞き齧ったあとはあれよあれよという間に完成し、制約と誓約の出来上がりだ。
しかし裏家業ではない普通の運び屋だった私にその念を使う機会なんてほぼなく、日常生活での怪我がなくなっただけ。しばらくは普通に運び屋として生活して、わりと平和な日々を過ごした。
イルミと出会ったのはこの一年ほど後のこと。
「死なない運び屋ってお前? もしそうなら仕事を依頼したいんだけど」
突然目の前に現れたかと思ったら、彼は言葉と問いと共に針を投げてきた。太くて鋭い針を、頭に。頭に当たったように見えた針は力なく地面に落ちた。
このときほど念能力に感謝したことはない。戦闘なんて一度もしたことのない私は怖くてたまらなかった。つまりなにもかも洗いざらい喋った。死なないわけじゃない、自分の能力はこうでああで、制約と誓約はこうなっていておまけでこういうこともできる、と。
パチリと瞬きをひとつしたイルミはそのまま何事もなかったかのように私に仕事の依頼をした。私は当然受けた。断れば針が飛んでくると疑わなかったからだ。当たらないとしても、人から攻撃されるのは怖かった。敵意、殺意、そんなものを向けられて平気でいられるわけがない。
ただ、依頼を受けて話してみると意外にも彼は親切だったのだ。それから私の知らなかったことをたくさん教えてくれた。
私の念を「不戦勝というか誰にも勝てないけど負けることはない念だね」と言い、制約と誓約なんて他人には普通教えないこと、オーラの操り方、物理的な攻撃の仕方、ほかにもいろいろとだ。仕事中の食事なんて、まだ死なれたら困るからと毒味をしてくれる。これらについてはいまだ感謝してもしきれないほどだが、彼曰く違うらしい。
「親切ではないかな。お前のそれは使い方によっては凄く便利で厄介だから他の人間には知られたくないんだよね。毒見もそう。今後も依頼することはありそうだからだ」
それから数年の付き合いでいまに至る。物理的な攻撃や身体能力は「ありえないくらいにセンスがない。諦めたほうがいい」とのお墨付き。
そんな彼からの初めてのお願い事だ。
「来週どこに行けばいいの?」
「会ってくれるんだ」
「イルミのお願いだからね。お金も上乗せしなくていい、いや、無料でいいよ。ただ、戦闘なんて無理だから能力のことは話す。それでもいい?」
「やっぱりそうなるよね。嫌だけどしょうがないかハハハ」
こうして、私はヒソカという人物に会うことになった。
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