羞恥はスパイス
羞恥心とは、羞恥を感じる心だ。つまりはずかしい気持ち、恥じらいの気持ちだ。
ヒソカにはとんとわかるはずもない気持ちだった。
しかしながら、それがアリスにあるということは知っていた。「恥ずかしい……」「恥ずかしいの……」「恥ずかしいんだってば!」と飽きるほど耳にした。なにかしらにつけて恥ずかしがるアリスは、今宵も頬を染めて「恥ずかしいから……」と、頬よりも赤い唇を小さく揺らして主張するのだろう。
使い慣れたホテルの一室で、ベッドに腰掛けたヒソカはアリスを待っていた。例によって例のごとく、“恥ずかしい”を理由にシャワーは別々に浴びている。
湿り気を帯びた髪をくしゃりとかき上げていたところに、バスルームからベッドルームへ向かってくる足音がした。
扉からひょこりと顔を覗かせるアリスは見慣れたバスローブ一枚だ。
ヒソカからすれば、どうせ脱ぐのにといったところではあるが、やはり様式美というものがある。野暮なことを言うよりも、つまらぬ様式に自ら種を蒔いて、楽しみを咲かせることもまた一興だ。
ゆえに、ヒソカはその身なりに口出しをしたことはなかった。
そうして、さて今日はどうしようかとほくそ笑む。
羞恥に煽られたアリスは、ヒソカにとってなかなかにそそる顔をするのだ。
恥ずかしいと目を伏せ、躊躇いがちに要求を飲む。
事あるごとに口にされる、恥ずかしいという台詞そのものには飽き飽きしていたヒソカだったが、乙女のごとく恥じらって、娼婦のごとく乱れる様は、見ていていまだ飽きないものだった。
ヒソカの楽しみとして、肉体の快楽は言うまでもないことだ。そこからさらにどう恥じらわせどう乱すか。アリスと夜を過ごす上で、ヒソカが自ら仕掛けて楽しむものはそこにある。
そうこう思案するヒソカの前までアリスがやってきたところで、ヒソカの今日の方針は決まった。
ニッと笑い、アリスを見た。
「脱ぎなよ、自分で
」
指でちょんちょんっと、アリスが纏うローブを突く。
アリスが自ら衣服をほどいたことなどない。いつだってヒソカにされるがままだ。
服の上から始まって、徐々にはだけていくだけでも若干の抵抗を見せる女だ。
簡単にできるはずがない。
でも、だって、恥ずかしい。
きっとそう繰り返す彼女を、じわりじわりと追い詰めて、羞恥に染まり切って自らを晒してもらおうか。
考えるだけで口角が上がっていくヒソカは、意地悪なひとつ目の誘導を口にした。
「ボクが脱がすといつも恥ずかしがるだろ? だから今日はアリスのいいペースに合わせるよ
それも恥ずかしいなら少し目を伏せてようか?」
こんな意地の悪さも、この場においてはスパイスであることをヒソカは知っている。
嫌よ嫌よも好きのうち。本気で嫌がる女を相手にする趣味は毛頭ないが、合意ありきのそういったプレイは好ましいとすら思う。
アリスは恥ずかしがるだけであって、ヒソカを本気で嫌だと拒否することはないのだ。合意か不合意かの見極めなど、百戦錬磨なヒソカには朝飯前というものだった。
バスローブをきゅっと掴むアリスの手がかすかに揺れたから、ヒソカは耳をすませた。ちゃんと己が言葉通りにやや伏し目になって。
ヒソカの思い描くアリスはどうせできないのだ。できないのなら伏せていても変わらないと後で顔を上げるだけの話だ。
だからヒソカは有言実行として、目を伏せて待つ。そうして次に聞こえるのは「恥ずかしい……」の一言……のはずだった。
聞こえたのは、バサリと布が揺れる音。揺れるというよりも、力強く投げたときや、旗めくときに聞こえる音。そして少し離れたところにものが落ちた音。声ですらない想定外の音だ。
ヒソカは伏せた目を上げた。ゆるやかに瞼を持ち上げて、そのまま切長の目元が真ん丸になるほどに見開いた。
すっぽんぽん。全裸。生まれたままの姿。裸の女体。
頬だけでなく顔を、首元まで真っ赤に染め上げたアリスが仁王立ちで立っていた。
ヒソカの口がぽかんと開く。対するアリスの口は、への字とも一文字とも見えるほどに固く結ばれ、結ばれながらもふるふると戦慄いている。
ヒソカの丸くなった目も、丸く開いた口もそのままに、時間にしておそらく2秒。
アリスは仁王立ちから一変し、ヒソカの横を素早く通り過ぎて、背後の布団にもぐりこむ。
「いつまでも恥ずかしがってるばかりじゃないんだから!」
頭まで布団を被っているせいで、くぐもる声が主張する。声に色がつくとするならば、間違いなく朱や赤に染まっていたことだろう。
切り揃えたばかりの爪が生える指と、指に繋がった手のひらでヒソカは顔を覆った。両の手で覆って、目を閉じて、同様に閉じようとする口はうまく閉じずにまた広がった。
「ハッ……ククッ……
」
喉の奥から堪えきれない声がもれる。笑いを禁じ得ないとはこのことだ。
予想外すぎた。なにもかもが。予想外の中でも予想外と言えた。恥ずかしいが口癖のアリスが取る行動として、おおよそ予測できたものではない。
ヒソカがベッドに体重を乗せると、スプリングの軋みと共に、布団の山が大袈裟に弾んだ。
「ッ……拗ねずに顔を見せておくれよ
」
いまだおさまらない笑みを残して、布団を捲れば案の定な顔がひょこりと覗く。
「ホント、キミは飽きないね
」
蒔いた種は思いもよらない芽吹き方をした。後は芽吹いた新芽を蕾に育て、艶やかに咲かすことにしよう。
パチパチ👏
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