合図をしたら目を閉じて



 本日10月11日はウインクの日らしい。
 そんな情報を得たところでだからなんだと言われればそれまでなのだが、○○の日と聞くとそれに携わりたくなる気持ちが確かにあった。
 ちらととなりにいるヒソカに目線を移す。人の部屋にやってきて、何をするわけでもなく一人トランプタワーを作っているこの男。切長な目元の奥に潜む金色。いまはなりを潜めているが、この瞳が妖しく光る瞬間をこれまでに幾度となく見てきた。
 獲物を見つけたとき。獲物を狩るとき。はたまた悪ふざけをするとき。ヒソカが“お楽しみ”を見つけたとき、彼の瞳は色濃く語る。
 ヒソカは己の魅せ方を知っている男だ。奇術師として行うパフォーマンスもさることながら、強者としての振る舞いもお手のもの。
 そんな瞳の持ち主がウインクをするところを想像してみたところで、華麗にキメられるのがオチだろうこともわかっていた。
「ねぇヒソカ」
「うん?」
「ウインクしてみて?」
「こうかい?」
 ほらね。
 パチンと片目で瞬きひとつ。パチンなんて音はしていないけれど、聞こえてきそうなほどに綺麗なウインクだ。頬には星と雫のメイクがあるはずだけど、いまの瞬間にはハートマークが加わった幻覚すら見えた。
 想像通りだったけど、うっかりときめいてしまうほどには完璧だ。
「それで?」
 トランプをいじる手を止めたヒソカが私へ向き直る。心なしかどこか楽しげに喉の奥が揺れていた。
 それでと言われても終わりだ。ときめいてしまったけれど、それ以上でもそれ以下でもない。そう伝えたらヒソカの長い腕が伸びてきて、指先が私の目元を擦る。
 その仕草に首の後ろがチリついてゾクリとした。ゾクリとしたのに、寒気じゃなくて身体が火照る。
「ウインクって合図に使われると知ってるかい
「……そういうこともあるかもね」
「一説によると主に男女間の合図に使われるらしい
 目元にあった指がつぅっと動いて頬を伝う。頬は確実にヒソカの指の感触を受け止めているけれど、私の意識はそちらにはいかなくなってしまう。
 ときめきのあとの接触は、意識を遠いところに置き去りにして身体の自由を奪うのだ。きっとヒソカはそれをわかってる。己の魅せ方を知っている男が、その効果を知らないはずがない。
 視線が絡む。意志の強い瞳が、こちらを捕らえて離さない。
「ボクが送った合図はなんだろうねぇ
 合図は返してくれないとと続く。続いて、私の後頭部には大きな手が添えられた。額をこつんと合わせてくるものだから、その近さに息を呑む。
「返事は両目で頼むよ
 色濃く光った金色が、物語る。
 降り注ぐ体温の心地よさをこの身は既に知っているから、言い出した私の負けなのだとそっとそっと目を閉じた。


パチパチ👏
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