嘘つきvs嘘つき



「キミ変化系だろ
「そうだけどどうして?」
 念の系統を隠すこともなく不思議そうに、女は問い返した。
「ボクの念系統診断 変化系は気まぐれで嘘つきだ
「それヒソカのことじゃない」
 無邪気とも思える笑みを浮かべ、女は言い返した。
「ボクもだけどキミもたいがい嘘つきだ でもキミは嘘つくのには向いてないね、すぐに顔に出るから
「いいじゃないバレバレの嘘だって。嘘つきたくなるときだってあるのよ」
 少しむくれて、女は反論した。
「それはボクに騙されてくれって言ってるのかい?」
「さぁ? 騙されてくれるの?」
 試すかのごとく首を傾げて、女は尋ねた。
「キミ次第かな
 山の天気のようにころころと表情の変わる、嘘のつけない嘘つきな女だった。


 ***


 夢を見た。実体験として記憶にある夢だ。
 空調の効いたホテルの一室に、カーテンの隙間から穏やかな春の日差しが差し込んだ。眩しさを感じてゆるやかに瞼を持ち上げれば、ここ数日使っている部屋の天井が視界に入る。
 ヒソカは過去を語らない。過去にあまり興味がないからだ。翌日には今日殺した人間のことすら忘れているだろう。けれどもそれは、彼の記憶力が悪いわけでも、過去を覚えていないわけでもない。ただ、彼にとっての興味の対象は常に移り変わり、興味の対象が壊れてしまえばもう用済みなのだ。過去を忘れているわけではなく、用がなくなり興味がなくなったものを忘れる。つまり、逆を言えば興味がありその興味が消えなければヒソカが忘れることはない。たとえ遥か前の出来事であっても。
 ベッドサイドテーブルに置いてあるミネラルウォーターが入ったボトルに手を伸ばす。ヒソカの目線はまだ天井だ。
「おっ……と
 手が滑った。つるりと滑って、ボトルが落ちそうになったから伸縮自在の愛バンジーガムを伸ばした。便利な能力だ。戦闘においてはヒソカの頭脳と身体能力がなければ使いこなすことは非常に困難であるが、伸縮自在の愛バンジーガムの汎用性はとても高い。子どもの頃に好きだったお菓子から名付けたバンジーガム。そのお菓子はいまはもう食べることはないけれど、ヒソカの記憶にしかと刻まれているものだ。
『ヒソカのバンジーガムになりたいな』
 夢に出てきた女は、かつてそう言った。自分と同じように気まぐれな彼女が適当な願望を言ったと思って、はいはいと聞き流して伸縮自在の愛バンジーガムでぐるぐる巻きにした。巻いてびよんびよんと揺らしてやれば、声をあげて喜んでいた。
 目の前から消えて気づいた。
 あれはヒソカの記憶に残りたいと言っていたのだと。
 ──成功だよ
 嘘をつくとき、女は必ず顔にでた。嘘をつくのが上手い人間は、真実を織り交ぜて嘘をつく。呼吸をするかのように、スラスラと。女はそれができる人間ではなかった。いつだってぎこちなく、表情にこれは嘘ですと出てしまう。真実を少し入れるんだよ、そんなに顔に出したらバレバレだ。そう伝えても、ぎこちなさはいつだってなくならない。眉が僅かに動いてしっかりと相手を見据える。それが嘘をつくときの癖。けれどもヒソカはその癖を指摘することはしなかった。してもしなくても、女の嘘は筒抜けだと思ったからだ。
 上半身を起こし、ボトルの蓋を外す。一口二口飲み、喉を潤して息をひとつつく。そうして久方ぶりに夢に出てきた女を思い浮かべたら、脳裏に浮かぶのは表情豊かに、自分に愛を囁いてきた馬鹿正直な女。
 ──どこまでが本当でどこからが嘘なんだろうね
 嘘が下手だと、ヒソカは思ったのだ。感情のままにくるくると表情が変わって、癖も治せない嘘つきの正直者。
 そう、思わされた。
 なんでも顔に出るのも、嘘をつくときの癖も、それらすべてが作り物の嘘だった。おそらくたったひとつの嘘を貫くために、女は幾重にも馬鹿正直という嘘を連ね続けた。
 気づいたときには、ヒソカは笑いを禁じ得なかった。
 まさか自分がまんまと一杯食わされるとは思ってもみなかった。
 女を愛していたかと聞かれれば、答えは当然ノーだ。どこにも属さないヒソカが、誰か一人を愛して属すはずもない。だが少なくとも、たまには下手くそな嘘にわかった上で騙されてやってもいいと思ったのだ。騙されたふりをしてやろうと、そのくらいには、ヒソカは女を気に入っていた。
 ──舐められたものだね
 いなくなってからのほうが興味深い。あのときの台詞は、顔は、どれが嘘だ、どれが本当だ。そんな謎解きゲームを残して女は去った。そのゲームをするかどうかは決まっていない。来る者を拒むも拒まないも、去る者を追うを追わないも、ヒソカのそのときの気分によるものだ。女はそれをわかっているはずだ。わかっているから、ヒソカの記憶に残ることに成功しているのだ。
 ──そろそろ探すか
 ヒソカは立ち上がった。ゆらりと立ち上がり、穏やかな日差しと正反対の仄暗さを纏って窓に近づいた。カーテンを開け地上を見下ろせば、有象無象の人間たちが溢れている。
「逃がさないよ
 心理戦は、ヒソカの十八番だ。


パチパチ👏
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