瑠璃色の空に堕ちる
誰かに呼ばれている、そんな気がした。
ぼやける意識の中、よく聞く声が俺を呼んでいる。それは酷く寂しげで、何かを諦めたような声色をしていた。
そしてその声を聞くと、何故かこっちまで苦しくなる。胸の動悸に首を傾げたくても体が動かない。
「……好き」
誰なのかも分からないその声は儚げで、風に掻き消されてしまいそうな程細かった。
どうしてそんなに苦しそうなんだ。泣くなよ。
お前らしくもない――…、
………、え?
***
「……チャイナ?」
「やっと起きたアルかクソサド」
目を覚ますとそこは教室だった。溶けそうな夕焼けが目に眩しい。寝てしまっていたのか。目の前のチャイナはいつも通り不機嫌そうに俺を睨んでいる。そんなに嫌なら置いてきゃ良かったのに。
「酢コンブ奢る約束だったアル。忘れてたとは言わせないネ」
「忘れてやした」
心情が伝わったのだろうか。より一層不機嫌そうになったチャイナは立ち上がって歩き出した。
「どっちにしろ今思い出したダロ。行くアルヨ、サド」
教室の扉をくぐろうとしたチャイナを呼び止める。
「なぁチャイナ」
「…んだヨ」
「待っててくれて、ありがとな」
「……おう」
照れたのか、チャイナはそっぽを向いて表情を隠した。
ふわりと舞い上がるように心臓が疼く。もっとその顔を見ていたい、ような。
「ほら、早く行くアル」
「あ、あぁ」
先に歩いていってしまったチャイナを追いかけるように、俺も教室を後にした。
今の感情は、一体なんだったんだろう?
***
俺とチャイナは駄菓子屋に向かう途中でまた普段のような言い争いになって、喧嘩を勃発させていた。
「くたばれクソサドォオオ!」
陸上選手も真っ青になりそうなスピードでチャイナは距離をつめて右拳を繰り出してくる。それをギリギリでよけてしゃがみ回し蹴りをしたらチャイナは呆気なく引っ掛かって倒れた。
いつもなら跳ねていとも簡単にかわす場面だ。
「チャイナ?お前風邪でもひいてんのか」
「ひいてねーヨ」
地面に突っ伏したまま答える神楽に苦笑して手を差し出す。
「ほら」
「気持ち悪いアルお前のキャラじゃないネ。お前の手なんか借りないアル」
「てめっ、人の珍しい好意を…」
「ザマーミロ」
くつくつとチャイナが笑う。せっかく差し出した右手を戻すのがなんとなく癪で、頭をぐりぐりと乱暴に撫でまわした。
突然の攻撃にさすがのチャイナも驚いたらしい。
「う、おい、止めろヨ気色悪い!と言うより痛いアル!」
「ハッ!ざまあみろィ」
人の好意を無下にするからだ。攻撃が成功して心がスッキリした。
しばらくそのままぐりぐりしていると、何故かチャイナが焦り出した。
「そろそろマジで退けろヨ変態」
「はぁ?なんで変態になるんでィ」
「いいから!」
「そう言われると余計止めたくなくな…」
「離すアルッ!」
バシンと手が振り払われた。本気の強い拒絶に、怒りよりもまず戸惑いが混じる。
「チャイナ?」
いまだに下を向いているチャイナは何も言わない。
「おい、チャイ…」
「隙あり!」
「えっうわっ」
顔を覗きこもうとした瞬間にチャイナは俺の右腕を掴み思い切り引っ張った。
バランスを失って倒れる俺と裏腹に、チャイナは引っ張った反動で起き上がって俺の上に乗っかった。
端から見たら押し倒されているような格好である。
「油断大敵アル!」
「コノヤロー…」
睨むように見上げる。
チャイナは勝ち誇ったような顔で笑っている。
その、筈だった。
「…やっぱり何かあったんだろィ」
チャイナは笑っているつもりだったのだろうが、その顔は酷く泣きそうに歪んで、口元だけが笑おうと努力しているような、不自然な笑いになっていた。自嘲じみたそんな笑みをチャイナがするとは思わなかった。だからなのか、心臓がジクリと痛む。意味の分からない戸惑いと焦り。
夢の中で感じたものと酷似した感情。
「何もないアルヨ」
「嘘つけ」
「本当に、何もないアル」
「チャイ、」
「サド」
駄菓子屋が閉まるアル、と明らかに話題を逸らしてチャイナは立ち上がった。
俺に話せない話なんだと思うと何だかムカつく。どうしてだろう。
チャイナは振り替えって俺を呼んだ。
「……沖田」
ドクン、と心臓が高鳴る。あだ名じゃなくて名前だからか、妙に意識してしまった。
『……好き』
パリンと何かが弾けるような衝撃に思わず目を伏せた。
夢の中の声がフラッシュバックする。――あの時の声はまさか、
「っお前、」
「ん?」
チャイナは首を傾げた。
この位置から、チャイナの表情は夕日に隠れてよく分からない。
少し冷静になれ。コイツは男だ。あり得ないだろ。
「早くしろヨ!」
「へいへい」
チャイナの隣に並ぶ。自分より小さな背に大きな青い瞳。女に見えない事もない。
……だからって、
「ないだろィ……」
「何がアルか?」
なんだかチャイナにも罪悪感が沸いた。そしてそれを未だに忘れられずに意識しているのが痛い。もういっそ笑いに変えてしまおうと俺は口を開いた。
「あり得ない夢、教室で寝てるとき見たんでィ」
「クラス全員がドMになる夢とかアルか」
「いやいやそれはないだろ」
「お前ならあり得るアル」
クスクス笑うチャイナを横目に、俺も笑いながら言った。
「お前が俺に告白する夢」
言ってしまうと案外気が楽になって、後はチャイナに激怒されるか笑い飛ばされるか待つだけだった。
だが、いつまでたってもチャイナは何も言わない。
「チャイナ?」
「……そうアルな。あり得ない気持ち悪い夢、アル」
「だよなァ」
「本当にナ」
馬鹿にしてくれた事にホッとして、チャイナの声が平淡な事に俺は気づかなかった。
チャイナがこの時深い傷をつけた事に、俺は気づいてやれなかったんだ。
瑠璃色の空に堕ちる
気付かずに傷つけた俺は最低だと、人は蔑むだろうか。
title:空をとぶ5つの方法
***
気になると拍手コメで言って頂いたので、調子にのってまた書いちゃいました。
♂パロはどうしても切なくなっちゃいます。
いつか幸せなシーンも書いてみたいです。