受け入れる春
散り始めた梅、咲き始めた桜、いつのまにか捲られているカレンダー。
あと2週間近くで、私は三年生になる。
なんとなくそんな現実と向き合いたくなくて屋上へ来たのに、屋上まで舞い上がってきた桜と春の香りが結局それを突きつける。
「なぁ、サド」
「なんでィ、クソチャイナ」
私が屋上へ来て寝転がった後、示し合わせたように沖田も屋上へ来たのだ。そして私から少し距離をとって寝転がり、それからずっと無言でお互い空を睨み付けていた。
いつもみたいに口争いをしなかったのは、お互いにそういう気分じゃなかったからだろう。
コイツとは案外波長が合う。だから今も多分、似たようなことを考えているはずだ。
「もうすぐ三年生アル」
「そうだなァ」
「また、銀ちゃんが担任で、お前も同じクラスで」
三年間変わらず持ち上がりになっているこの学校は、担任もメンバーも変わらない。だからきっと雰囲気もあのざわつきもまとまりのなさもそのままだ。それなのになんでこんなに胸がざわつくのか。
沖田がふざけるような口調で呟いた。
「お前とまた一年一緒のクラスとか最悪ー。」
「は?オイ、それはこっちの台詞アル!」
「でも多分一年なんてあっという間で、多分お前はそれが嫌なんじゃねェのか?――…俺と、同じで」
沖田はごろんと寝返りをうってこっちを向いた。その表情は沖田らしくなくて、そして今の私と同じ表情。胸がまたぎゅっと痛い。
三年生になれば、嫌でも将来の事を考える。考えていなくてもフット頭をよぎる。
進路。進学、就職。どの選択をしようと、卒業してしまえば今のクラス全員でそのままなんて事はない。
私はあのクラスが好きなんだ。だからこのままずっとなんて考えてしまう。
「お前らしくないだろィ」
「その台詞全くそのままお前にお返するネ」
「…そうだな。どっちもらしくねェ」
だからそれが分かってるから、ここにいる。
私は目を閉じた。
沖田は続ける。
「でも俺ァ、お前と今しばらくここにいて、ちょっと考えが変わった」
「変わったって、離ればなれがいいって事アルか」
「違うに決まってんだろィ」
じゃあ何だヨ、と言う自分の声はまるで拗ねてる子供みたいだった。
違うに決まってると言われたことが嬉しい。どうしてだろう。
「お前がいんなら、別にいいやって」
「は?」
「難しく考えすぎてんでィ。多分明後日には忘れてるぜ。なんっつーの、大人になったら恥ずかしかった悩み、つったら良いのか」
そんな気がするんでィ。
そう言った沖田はもう春を受け入れてる。
「だってお前、春を受け入れられねェみたいだけど、もうとっくに受け入れてるんだぜ」
「…なんでだヨ」
「だって、」
沖田が立ち上がりニヤッと笑う。その顔は知ってる。もうずっと見てきた、人の揚げ足をとりたくてたまらないようなSの笑み。
「春になって風が暖かくなったから、ここにいれんだろィ」
「……あっ」
ついこの間までは、風が冷たいわ地面も冷たいわで屋上なんか来れなかった。
つまり結局、春になったことを当然のように受け入れている自分もいるわけで。
「それに、結局時間は進むんでィ。それならその時間、有効につかうべきじゃねェ?」
「なるようになるって言いたいアルか?」
「そーゆーこと」
いつのまにか私は笑っていた。多分沖田が言うところの恥ずかしくなる悩みというのは、思春期の青い悩みってヤツだろう。あとから体がこそばゆくなるような体験なんか、できればしたくない。
「俺ァ戻りやすけど、どうしますかチャイナさん?もうちょい悩んでやすかィ?」
「キモいアル。…待つヨロシ。私も帰るネ!」
スッと起き上がって歩き出す。桜の花が宙を舞っている姿に目を細めながら。
「待つわけねェだろバーカ」
「あ、おいクソサド待つアル!」
走りだした沖田を追いかけるために私も負けじと走り出した。
あと一年と少し一緒にいられるクラスへと。
受け入れる春
***
沖田は走りながら舌打ちをした。
お前がいんなら別にいいやってのはスルーかよ、激鈍チャイナ。
こっちの春はあと少し先のようだ。