三つ数えて振り向いて
今日が、神楽が地球にいる最後の日だと知ったのは、神楽が乗る宇宙船が発射する30分前だった。
銀時がわざわざ知らせに来てくれたのだ。息を切らしているのを誤魔化しながら、すました顔をして。
「アイツは別にいいなんていってやがったがな、そうは見えなかったんだよ。行ってやれ。最後くらいさ」
その言葉に、いつもらしく茶化したような返事をする余裕はなかった。
屯所の車に乗って、交通違反をしながら車を走らせた。
***
「っ、チャイナ!」
銀時のように息を切らせ、神楽を見つけた時には既に、神楽はもうすぐ搭乗口をくぐるところだった。
チャイナの瞳が少し見開く。
「な、なんでおま……」
「どういうことでィ」
神楽が数歩後退りして、沖田はそんなことお構いなしに歩み寄った。目の前の、青い瞳と睨み合う。
付き合っていた訳じゃない。告白をした訳じゃない。好きなのは自分のほうだけだろうけれど、確かに何も言わずに出ていかれる関係でもない筈なのだ。沖田の思い込みでないのなら。
それなのに。
「お前に、言う義理は……」
「逃げる、つもりだった訳だねィ?決着もつかないままお前は、」
逃げるという言葉を神楽は嫌う。案の定、神楽の瞳が悔しげに歪んだ。
「もう、行かないと……」
けれどその口から洩れたのは、いつものような減らず口ではなく、沖田の言葉を逸らしたものだった。
正直、言い争えばなんやかんやで神楽は乗ってきて、そのままなんとなくまだ地球に居残らせることができると思っていた。
それは甘かったのだと、思い知らされる。
それでも、行って欲しくない。自分勝手だと憤ればいい。
「……行かせねェ」
「っ、離せヨ!」
神楽の腕を掴んだ。振りほどこうと神楽が暴れても離さない。
銀時もきっと、こんなつもりで沖田を呼んだ訳じゃなかったろう。でももう、誰にも離れて行って欲しくない。遠くになんか、行かせない。
「離せヨクソサド!」
「嫌でィクソチャイナ」
「離せ!」
「嫌」
「っ、なんで……!」
そう言ってしまった後、しまったとでもいうように神楽が動揺する気配が伝わった。
どうして?分かってんだろ、そんなの決まってる。
「お前が、好きだからだろィ」
ずっと言わずにいた言葉。逃げていたのは自分もか。神楽の目が見開いて、海のような色から、水が零れた。泣くような事なんか言ってない。
ずっとずっと、何も言わずにケンカしていられるならそのままで良かった。あの公園で椅子を取り合って罵り合って蹴り合って決着なんかつかないまま、でもそれで良かったのだ。
神楽は一つ息を吐いて、空いている方の腕で涙を拭った。
「強く、なりたいアル」
その口からポツリと漏れる本音。沖田は大人しく神楽の言葉を待った。
「お前にも、あのクソ兄貴にも、誰にも負けないくらい強くなって、ここを守りたいんアル」
やっと見つけた宿り木を折りたくはない、折られたくないと神楽は言った。
「お前が、何年かかったって俺を倒せるわけないだろィ」
「私は夜兎ネ」
「だから?」
「っ、お前にも分かってるダロ!」
「……分からねェよ」
夜兎の力は知っている。戦闘に長けた種族。以前神楽を巻き込んだ争いで神楽は足を撃たれていたが、俺が反省文を書き上げたときにはとっくに全快していた、その回復力。
その力を強めて、地球を守りたいのか。
なんだか自分のエゴがちっぽけに感じられて、思わず腕の力が弱まった。
その隙に腕は外れて、神楽は数歩距離をとってしまう。
「………なぁ、サド」
「……なん、でィ」
悔しくて苦しくて、神楽の顔が見れなかった。
真選組だけじゃ守りきれない部分は決して否定出来ないのだ。結局のところ、真選組は幕府に逆らえないから。
「後ろ向いて目をつむって、3秒数えてヨ」
「振りかえったらちゅーでもしてくれんのかィ」
「バーカ」
分かってる。その間に行ってしまうつもりなんだろう。他の奴が3秒走ったところで追い付くが、コイツが逃げようと思って走る3秒なら、沖田は追い付けないだろう。
嫌だとは、言えなかった。憎まれ口も叩けないまま後ろを向き、目をつむって数を数える。少し歩けば触れられる距離にいるのに、それは許されないまま、目を開けたらもうそこに神楽はいないのか。
結局告白も曖昧なまま流されちまった。
……神楽。
心の中で強く唱えて、瞳を開け振り返った。
やはりそこに、神楽の姿は無く――、
「どこ見てんだヨ、クソサド」
「……え?」
さっきいた場所よりぐんと近づいて、服と服が擦れ合うほど近くに神楽は立っていた。
驚いて何も言えない沖田の袖を神楽は掴んで。
そのまま、自分の方へ強く引っ張った。
「チャイナ、……っ!」
少し乱暴に触れあった唇。沖田は何が起こったのか理解できずに目を見開いた。状況が掴めたのは、その唇が離れていってしまった後。
呆然としている沖田を置いて、神楽はあっさり搭乗口をくぐって振り返った。
「告白の返事はしてやるヨ。ただし帰ってきたらナ!あ、初チューの責任とれヨ!それから私より弱くなってたらつまんないからお前も強くなるアル!……またナ!」
言うだけ言って、神楽は背中を向けて走り出した。
ハッとしてその背中に言葉を投げ掛ける。
「ホントに返事すんだろうなァ!帰ってきたら一番に言いに来やがれ!初チューの責任?そんなのとって欲しいならさっさと帰って来い!あとお前が俺より強くなってるなんてあるわけねェだろィ!……またな!」
その背中は振り返りもしなければ何か言ったりもしなかった。けれど聞こえたような気がして薄く微笑む。
神楽の小さな背中が見えなくなるまで、沖田はずっとそこに立ち続けていた。
神楽が格段に強くなって背も伸びて地球に戻って来た時、真っ先に沖田のところへ行ったのは、もう少し先のお話。
三つ数えて振り向いて
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