ミツバさんはそれを、俺が照れていると思ったようだ。

「神楽ちゃんがいてくれて良かった。良かったらまた是非遊びに来て?」
「……いいアルか?」
「神楽ちゃんなら大歓迎だわ。クッキーを焼いて待っているから」
「ありがとうアル!」


またこんなクッキーが食べられるなら遊びにいこう。

さてもう話も終わったし帰ろうと立ち上がった。
否、立ち上がろうとして立ち上がれなかった。

「おーいサド、そろそろ離せヨー」


また忘れてた。手の暖かさももうとっくに一緒になってしまっている。
時計を確認すると8時を指していた。無駄に過保護な親が心配し出している頃だろう。


しかし離そうとしてもサドは嫌とでも言うようにしっかりと繋いだまま離さない。
悔しいけどそれがちょっと嬉しかったりするから、強く離せないんだ。

どこにも行かないで、繋ぎ止めておきたいのはこっちだっつーんだよ。

ミツバさんも困ったように笑っている。

「神楽ちゃん」
「え?」
「親御さんには連絡しておくから、もう少しだけそのままにしてあげてくれないかしら」
「それは……」別に構わない。正直もう少しこのままでいたいし。どうせ起きたら嫌そうな顔をするだけだろうし。

「でも、ミツバさんは迷惑じゃないアルか?」
「私は一向に構わないわ。むしろもう少しここにいて欲しいくらい」
「じゃあ、…もう少しお邪魔するアル」
気に入って貰えたのかなと思うと素直に嬉しかった。ミツバさんが笑ったので思わず笑い返すと、ミツバさんはキョトンとしたあと、もっと嬉しそうに微笑んだ。なんて可愛い人だ。
「連絡網に電話番号乗ってるわよね」
ちょっと親御さんに電話してくるわ、とミツバさんは部屋から出ていった。


ふぅ、と息を吐く。
あんな可愛いお姉さんがいるなら、サドが彼女を作ろうと思わないのも道理だ。俺でもあんな人が姉だったら溺愛するだろう。
そのまま彼女なんか一生作んなよ。
……なんて、俺はどれだけ心が狭いんだ。

「このまま、時間なんか止まっちゃえばいいのにネ」


サドの部屋に二人きり。
コイツに言われた最後の言葉が「お前がいい」。
最高じゃね?


ベッドに腰かけて、サドの顔を覗き込んだ。いつもみたいな赤の瞳が覗かない替わりに、近づかなきゃ分からない睫が見える。普段はアイマスクがあって誰も寝顔は拝めないので、ちょっとだけ優越感を感じてしまう。

「サド、」


小さく呼び掛ける。
想いを告げたあの時のように。空気に混じる声が掠れた。
寝ていると分かっているのに、心臓が早鐘を打つ。
手を伝わって届いてしまいそうだ。
もういっそ伝わってしまえばいい。

もしも、俺がコイツと付き合うなんて未来があったなら。
名前呼びとかしてみたいな。


あり得ないと分かっている“もしも”は、どうしてこんなに心が痛くなるんだろう。


何故か溢れる涙に気づかない振りをして微笑み、名前を呼んだ。


「……総悟」





夢の中に、少しでも俺は出てきただろうか。




***



涙を拭っていると、足元のぬいぐるみが目に入った。ずっと欲しいと思っていたぬいぐるみだけに、少し未練が生まれる。片手でぬいぐるみを掬い上げてゆっくり抱き締めた。


そしてふとした出来心で、そのぬいぐるみをサドの傍に置く。
ドSでポーカーフェイスでどこか飄々としているサドのよこに、白くふわりとした可愛らしいウサギのぬいぐるみが寄り添っている光景は中々に愉快だ。思わずクスリと笑みを溢した。

「ミスマッチアルな……え?」


笑いながら言いかけて――、サドの行動に息を止めた。
サドはウサギのぬいぐるみを両腕でしっかりと抱きしめた。離さない、とでもいうように。
外された右手がヒヤリと冷える。


「ぬいぐるみ……気に入ってたアルか?」


ミツバさんにぬいぐるみをあげて、あわよくば自分もたまに触るつもりだったのだろうか。そんな可愛い趣味があったなんて知らなかった。


「……」


これぞ俗に言うギャップ萌えってやつなのか。そうなのか。うっかりちょっとキュンとしてしまったじゃないか。
ぬいぐるみが好きなら今度家にある狸のぬいぐるみでもプレゼントしようと俺は一人笑った。


「神楽ちゃん?」
「あ、ミツバさん!!」

ゆっくりと扉が開かれて、ミツバさんが入ってきた。状況を理解したのか、ふわりと笑う。可愛い、と呟きが聞こえた。

「このぬいぐるみ、サドがミツバさんにって」
「え?」

私に?と首を傾げる。いや、ミツバさんにあげるのはもしかしたら口実かもしれないが、姉上にあげるとは言っていたし。

「コイツが起きたら多分プレゼントされるアル」
「そーちゃんが、……?」
ミツバさんは考えるように俯いた。なにか変なことでもあるんだろうか。
「どうかしたアルか?」
「いえ、そーちゃんは、」
言いかけたその時、玄関のチャイムが鳴った。ミツバさんが言葉を切って、少し嬉しそうに下へ降りていった。嬉しそうなその表情は、恋する乙女というか、姉の顔から一人の女の子に変わったような、可憐な感じだった。
……もしかして、もしかするか。


そっと扉を開いて玄関を見る。
そこには案の定、マヨラーこと土方が不機嫌そうに立っていた。




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