『お前がいい』


そう言ったっきり、サドは動かなくなった。どうやらまた眠りについたようだ。きっと赤くなっている顔を隠すように、片手で顔を隠した。誰に見られる訳でもないけれど。

「……クソ、」


馬鹿サド。
無自覚で、嫌いになれなくなるような事言うな。
恋愛対象としてすら、見ていないくせに。
繋がれた手を、ほどきたいけど絡めたい。そんな二律背反に揺れて、俺はじっとその場で動きを止めていた。
嬉しいのに素直に喜べないなんて勿体無いな。
自嘲気味に笑う。その時、サドの部屋のドアが開いた。

ミツバさんが、少し驚いた顔でこちらを見ている。
ミツバさんの視線を辿って、俺はミツバさん以上に目を見開いた。そうだ、手を繋いでるんだった。しかもしっかりと。
恥ずかしくなって慌てて外そうとするが離れない。
おい、どんだけしっかり握ってるんだコイツ。

「無理に外さなくていいと思うわ」


言いながら俺の近くに腰かけたミツバさんは、もう驚いた顔はしていなかった。ただ嬉しそうに微笑んでいる。多分サドがこんな風なスキンシップ(?)をとる事は珍しいんだろう。まあこれも寝ぼけただけの産物だろうけど。さっきの台詞も寝言だ。きっとなんかのゲームで言ってた台詞を口走ってしまったんだ。そういう事にしておこう、うん。


「いい匂い、アル」

シナモンのような甘い匂いが部屋を満たす。ミツバさんはまた嬉しそうに笑って、目の前に紅茶とクッキーを差し出してくれた。

「クッキーの方は、もしかしたら口に合わないかも知れないけど……」
ちゃんとタバスコは抜いたわ、とよくわからない事を言ってまた微笑む。笑顔が似合う人だな、と思った。
「ミツバさんが作ったアルか?」
「そうなの。どうかしら?」
一口クッキーを口に含むと、淡い甘味が広がって、シナモンの味が優しく残った。口に合わないなんてとんでもない。

「すっごく、美味しいアル!」
こんなに美味しいクッキーを作ってくれる姉がいれば、そりゃサドのようになるなぁとなんだか納得してしまった。
いや、良いところはお菓子作りが上手いところだけじゃないんだろうけど。

「本当はね、タバスコと唐辛子をめいいっぱい入れたかったのよ」
でもそーちゃんが、お客さんには入れるなって言うの。と少し残念そうな顔で、ミツバさんは自分用のクッキーを取り出した。


まるで着色料をつけているかのようにどぎつい赤。口につけただけで痛くなりそうだ。
しかしミツバさんは美味しそうにそれを食べている。クッキーを片手に、俺はその様子をしばらく凝視していた。
味覚音痴って凄い。
どこぞのマヨラーみたいだ。
そういえば土方とミツバさんは付き合っているんだとサドが(心底嫌そうに)言っていた。味覚音痴同士仲良くやっているのかもしれない。

「あんまり口に合わなかったかしら?」

手が止まっている俺を心配したのか、不安げにミツバさんは眉を潜めた。
「そんな事はないアル!このクッキーを食べに遊びに来たいくらい美味いネ!」
あくまでも普通のクッキーの場合、だが。
苦笑いにミツバさんは気づかなかったようだ。良かった。


「ところでそーちゃんの事だけど……」

そうだった。片手を繋いでいるにも関わらず忘れてた。




***


俺は粗方事情を説明した。
俺が心配した、というところを皆が心配した、に変えて。実際風紀の奴等は相当気にかけていたし。銀ちゃんですら少し気にしているようだった。

「そうだったの……」
「勝手なことして、悪かったアル」

どんな事情であれ、意識を飛ばす勢いで殴ったのは事実だ。それ意外でもたくさんサドには傷をつけている。
けれどミツバさんは、また優しく笑っただけだった。

「男の子だもの。それくらいは気にしないわ」
それよりもね、と続ける。
「皆や神楽ちゃんみたいな子がそーちゃんを心配してくれる事が、私は嬉しい」
「お、俺は別に……」
「ねぇ神楽ちゃん」
「?」
「私がなんであなたの名前を知っていたのか、まだ言ってないわよね?」

そういえばそうだった。
ミツバさんと会ったのは今日がはじめてなのだ。

「そーちゃんね、聞かなければ学校の事ってあまり言わないの」

確かに、積極的に「お姉ちゃん今日ね、学校でね、」と話し出すタイプではないだろう。想像出来ない。

「聞いても風紀部や剣道部のことばかりだったの。十四郎さんや近藤さんのことばかり。それは別に構わないけど、友達とはまた違う気がして」


それも仕方がないだろう。接点が一番多いのは彼らだ。それにサドは、中々人を受け入れない雰囲気を出している。根気強くなければ仲良くなるのは難しいだろう。
ミツバさんは一口紅茶を飲んで続けた。

「……だけどね、最近は違うのよ」
「え?」

「『女みたいにちっさくて細いくせに勝てない相手』の話をね、頻繁に聞くの」

それが俺の事だってことくらい俺にだってわかる。慣れかけていた繋がる手を急に意識してしまった。
女みたいも小さいのも細いのも全部余計だコノヤロー。

「しかもね、私から聞かなくても話すようになったのよ」

それはそれは今までの笑顔が霞むくらい、きれいにミツバさんは笑った。こんなに仲の良い姉弟もそういない気がする。俺と兄貴はあまり仲が良くない。というより兄貴はやたら絡んでくるが俺が突っぱねている。照れとかじゃなく、うざいのだ。完全に。
『変な奴に声かけられなかった?』とか『殺しあ…喧嘩しようヨ』とか。
……話が逸れた。
とにかく、お互いがお互いを大事に思っている姉弟なんて、きっとそういない。

「あなたの事を話している時のそーちゃん、怒ってるみたいだけど、凄く楽しそうなのよ。きっと神楽ちゃんの事が好きなのね」

……あ。心がズキンと痛くなった。好きの種類が違うのが申し訳ないような気持ちになる。そもそもサドが俺を、友情としてすら好きなんてあり得ない。


痛みの感情を、紅茶と一緒に飲み込んだ。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -