軽やかな足音が部屋の中を歩く音が聞こえる。それがだんだんと近づいて、扉がゆっくりと開いた。



俺は言葉を忘れてミツバさんを見つめてしまった。
夜でも分かる肌の白さは、少しだけ自分に似ている。まあ男が白くても気持ち悪いだけだけど。
沖田をそのまま儚く綺麗にしたような人だな、と思った。栗色の髪も全く同じ。

「あの……」

わ、綺麗な声。
……って、そうじゃない。右肩に弟が担がれ、反対には鞄と兎のぬいぐるみを抱えている、なんて自分ならどこの不審者かとまず疑うだろう。
幸い同じ学校の制服を着ているので、不審者には見られない……はずだ。
とはいえ、俺は慌てた。

「あのっ、俺は変な奴とかじゃないアル!コイツが気を失ってるのは俺がみぞおちに一発決めたから……じゃなくて、いや、合ってはいるアルけど」
ああ致命的だ。不審者決定だ。どうか警察を呼ばないで下さいお願いしますこれには事情があるんです。


目でそれを訴えるとミツバさんからは少し的外れな発言が飛び出してきた。
「総ちゃん…あなたが気絶させたの?」
「え?あぁ、そうです、アル」
「すごい」
すごい?ああ違うきっと酷いって言ったんだ。こんなおしとやかそうな人の口から、弟がやられたのにすごいなんて発言が出るわけがない。
「総ちゃんに勝てるのは、今まで近藤さんと十四郎さんだけだったのに」
「……は?」
あれ、聞き間違えじゃなかったのか。
ともあれ、これはチャンスだと俺は思った。
「あの、事情を説明させて欲しいネ」
あとさすがにそろそろ限界だから、こいつを部屋に運びたい。
その旨を伝えると、拍子抜けするくらいあっさりと、ミツバさんは俺を家へと入れてくれた。誰もが見惚れそうな笑顔つきで。

少し無用心すぎやしないだろうかと俺は心配になった。


***


「総ちゃんの部屋は二階なんだけど……辛い、かしら」
「いや、大丈夫アル。二階の右の部屋、だったアル…だったですヨナ?」
ああ敬語慣れない。眉をひそめると、ミツバさんはくすりと笑った。
「普段と同じしゃべり方でいいわ。神楽ちゃん」
「ありがとうアル」
言ってから気づく。
俺はまだ、名乗ってないはずだけど。
首を傾げると、ミツバさんはミツバさんは少し含み笑いをした。


「とりあえず、総ちゃんを部屋に寝かせてから」



***


沖田……じゃなかったサド(沖田の家は皆沖田なので)の部屋をミツバさんに開けてもらって、俺はサドをベットへと下ろした。鞄とぬいぐるみもベッドの脇に下ろして伸びをする。肩が軽くて気持ちいい。
いくら俺に力があるといっても、意識を失ってる男一人抱えるのはさすがに少々疲れた。


ミツバさんはお菓子とお茶を持ってくると言って一階へおりていった。


「相変わらずこざっぱりした部屋アルなァ」

モノクロを基調とされた部屋は、すっきりと整理整頓され、それでいて冷たい雰囲気はなく、落ち着く感じだ。もしかしたらミツバさんが整えているのかもしれない。



サドの顔をゆっくりと見つめる。目元にあるクマが痛々しい。一体どれくらい寝ていなかったんだろう。


俺が今日したかったことは‘沖田の意識を飛ばすこと’だが、もう少し細かく言うと‘どんな形でも沖田を寝かせる’事だった。
寝れないなら意識を飛ばしちゃえ!みたいなノリだ。意識を飛ばした状態と睡眠状態はもしかしたら違うのかもしれないが、その時は睡眠薬でも無理矢理飲ませてやる。


制服の上から、サドの腹をそっと撫でた。
骨は折れてないが多分痣になるだろう。
「おまえが心配だったから意識を無くさせました」なんて言うつもりはない。
相手の腹に痣を作っても嫌われないだろう喧嘩友達という関係に、今は感謝した。


っていうか、なんで寝てないんだよ。


何も理由がなければきちんと寝るはずだ。なにか悩みでもあったのだろうか。
もしそうなら、話して欲しかった。

「って、喧嘩友達にそんなこと、言うわけないアルな」

言ってうっかり自分で傷付いた。
彼女だったら、普通の友達だったら、聞いてあげられたのだろうか。
下らない仮定の話だけれど。

「心配かけてんじゃねーヨ、アホ」
バカ、ハゲ、ドS。

とにかくぼろくそに悪態をついた。そうすればなんとなく、心の痛みがとれる気がして。


「……ん、チャ、イナ……?」


サドがうっすらと瞳を開いた。しまった別に起こすつもりじゃなかったのに。
けれどまだ微睡みの中をさ迷っているようで、ぼんやりとした瞳が俺を映した。男としてはちょっと悔しいくらいかっこいい顔だ。女だったら悩殺されてそう。

「……まだ寝てろヨ」
「……そしたらお前が、」

寝ぼけて掠れる声に不覚にも動揺してしまう。心臓の音が通常運転から逸脱した。
心臓の音を意識してしまうくらい、この部屋は静寂で満たされている。
あるのはコイツの声と俺の声の、二つだけ。


「俺が、何アルか」
「お前が……なんだろ」


思わず小さく吹き出した。完全に寝ぼけてる。
かっこいいというよりは、可愛いかも、とか。
こんな顔中々他の奴だって見れないだろうな、とか。

サドの瞼にそっと手を当てた。目を瞑らすように。

「もう少し、寝てろヨ」


すると、その手をサドが掴んできた。すごく暖かい。とたんに顔に熱が昇るのを自覚した。何故掴む。恥ずかしいから止めてくれ。

「…お前がずっとこうしてんなら、寝まさァ」
「かっ、彼女にでもやってもらえヨ。こういう事は」
明らかに喧嘩友達にする行為じゃないと思うのですが!
サドは掠れた声で、ますます俺を混乱させる言葉を放った。


「……お前が、」
「え?」





「俺は、お前がいいんでィ」


頭が真っ白になる。
今まで早鐘を打っていた心臓の音が聞こえなくなった気がした。




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