自分から掴んだくせに緊張しているのがなんだか気まずくて手を外したら、空気がヒヤリと手のひらを撫でた。それが微妙に寂しい。自分から外したくせに寂しいと思うのもおかしな話だけれど。


夕日はだんだんと色を濃くし、空の蒼は深みを増していく。多分もう、あまり時間がない。

「…ここアル」
「ここ、って。いつも来てる公園じゃねェか」

そう、俺が来たのはいつもよく争いで使う公園。
側の古びたベンチに鞄と兎のぬいぐるみを置いて沖田を見つめた。
今日の幸せな時間を終わらせるのは本当は嫌だ。ほんの少しだけ、バカだと分かっているけれど、……デートしてるみたい、なんて思ってしまったから。
俺は無意識に右拳を強く握った。

「ケンカをしようヨ、サド」
「……は?」

沖田も、今日はそんなことはしないと思っていたのだろう。いつもの無表情に驚きが混じっている。
俺はわざと明るく笑った。
「最近ずっとやってなかったダロ?我慢できなくなったアル」
「今日は最初から、そのつもりだったって事かィ?」
「そうネ」

沖田はしばらく下を向いて何も言わなかった。俺はこの時間が終わるのが嫌だけど、沖田はそんなことはないはずだ。今日はケンカする気分じゃないんだろうか。寝不足だから戦いたくないのかもしれない。
どちらにしろ、今日は本気で行くけれど。そうしなきゃならない理由がある。

「行くアルヨ、サド」
「……もし、」
「……?」
「銀八だったら、お前、」
「銀ちゃん?」

何故今銀八が関係してくるんだろう。
首を傾げようとしてギクリと体が固まった。沖田の瞳から目が逸らせなくなる。

……なんだよその、苦しそうな顔。


ギシ、と胸に痛みが走った。


「……やっぱなんでもねェ」
来いよ、クソチャイナ。
そう言ってニヤリと笑った沖田はもういつもと変わらない。さっきの表情は一体なんだったんだろう。
沖田は鞄を床に放り投げる。

「来ないならこっちから行くぜィ」
「……おう!」
その言葉を合図に、今日のいつもと少し違う時間は終わりを告げた。





空気が変わるのをびりびりと感じる。柔らかかったものから針のように鋭いものへ。俺も短く息を吸って意識を切り替えた。

いつもなら、沖田が俺を挑発してそれに俺が乗って、俺が先制攻撃をしてから争いが始まるのだが、今日先制攻撃をしたのは沖田だった。気のせいか、空気が殺気立っている。
沖田が全力で近づいてくるのを目で捉えて、右に繰り出された拳を反射で避けた。すぐさま俺も拳をくり出す。沖田の頬に少しかすったが、沖田も反射で避けたようだ。
隙を作らないようにまた攻撃を繰り返す。
避けきらないと判断したのか、沖田は後ろに下がって距離をとった。
「押され気味アルな!」
「気のせいだろィ」
「なら気のせいじゃないって証明してあげるヨ!」
沖田のところまで一気に近づいて、俺はまた攻撃を開始した。


しばらく戦って、沖田のいつもの攻撃パターンと違うことに気がついた。しかもその攻撃一つ一つが粗く、隙があるし避けやすい。そのほうが今の俺にとっては都合はいいが心配になる。そんなに具合が悪いなら、もっと早く決めなくちゃならない。
足を振り上げながら訪ねた。


「調子、悪いアルな!」
「っ誰の、せいだと」
「…?何アルか?」
避けながら答える沖田。そのせいで上手く聞き取れずに聞き返した。



その瞬間、沖田の動きが止まった。目は驚きに見開かれ、殺気も全く無くなっている。時が止まってしまったように動かないが、とりあえず驚くほど隙だらけである。


実際にはそんなにたってないだろう時間が、かなり長く感じられた。
ハッと意識を取り戻し、沖田の鳩尾を目掛けて拳をめり込ませた。
「ぐっ……!!」
そのまま沖田は呆気なく意識を飛ばしてしまった。倒れ込む沖田を支えるように抱え込んだ。

当初の目的は達成したが、どうも納得がいかない。あの瞬間に一体何があったのだろう。
目を覚ましたら聞いてみよう。


沖田を肩に乗せ、もう片方の手に沖田と自分の荷物を持ち、脇に兎のぬいぐるみを挟み俺は沖田の家へと歩き出した。


空はもう夕日との境界線を無くし、小さく輝く星と、兎が餅をつくまん丸の月が姿を現していた。





***

沖田の家へは、以前何度かゲームをしにいった事があるから場所は分かる。
だがその時は全てミツバさんは診療中だったり入院中だったりで、俺はミツバさんに会ったことがない。
沖田があれだけべた褒めしていた相手だから、きっとかなりいい人なのだろう。
意識を失っている沖田を見て、俺がやりましたって言ったら嫌われるよな、多分。


少し緊張しながら、そして少し行儀が悪いと思いながら、俺は足でインターフォンを押した。




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