兎のぬいぐるみは、元々ちゃんとチャイナにあげるつもりだったのに。

なんで俺はとっさに嘘なんてついたんだろう。


俺の横で分かりやすく落ち込んでいるチャイナに罪悪感が沸いてしまう。
どうした俺、ここは喜ぶところだろ。ドSなんだから。
少し低い位置にある頭を撫でてやりたい、とかやっぱり兎をあげようか、とか激しく俺らしくない気がして、逃げるようにゲームセンターを後にした。



***
夕日はまだ沈む気配をみせない。
先を歩こうとして、自分じゃどこに行けばいいのか分からないことを思い出した。
兎のぬいぐるみをチャイナの頭に置きながら訊ねる。
「結局お前、どこに行くんでィ」
「う?えーっと、こっちアル。というかお前くれないなら頭に置くなヨ」
「帰るまで持たねェの?」
場合によっちゃただの荷物持ちに聞こえる発言だが、チャイナはちゃんと意図を汲んでくれた。
「いいアルか?」
嬉しそうにはにかむチャイナ。
それを見て、心臓が締め付けられるようにギュッと痛む。
「……?」
なんだこれ、病気?
兎をしっかり抱き締め笑うチャイナに、思わず俺も笑った。このままなんとなくチャイナにあげる方向に持っていこうそうしよう。


「じゃあ行くアル!」
「おー」
ゲームセンターに背中を向けて歩き出す。

「どこに行くんですかお二人さん?」
「秘密……って、」
後ろから聞き覚えのある声がして振り向くと、そこにはいつものように気だるげな表情の銀八が立っていた。

「銀ちゃん!」

今まで以上に嬉しそうな顔をしたチャイナは、小走りで銀八に抱きついた。
「うお、相変わらずデンジャラスだなぁお前」
「銀ちゃんは相変わらずモジャモジャネ!」
「おいおい会って早々ブレイクンハートさせるの止めてくんない」
そういって苦笑する銀八と、楽しそうに笑うチャイナ。
同じチャイナの笑みなのに、今度は全然面白くない。意味不明な不愉快指数が上昇していくだけだ。


学校にいるときと同じ、自分じゃ気づかない感情が勝手に動いているような。どうすればそれに近づけるのか分からなくて迷う。
分かっているのは、とりあえずどうやら俺はチャイナと銀八が一緒にいるのは嫌らしい、って事だけ。


「なんで銀ちゃんがこの時間にここにいるアルか?」

「今は休憩時間なんだよ。だからちょっと近くのたこ焼きを食おうかと思って」

たこ焼き!とまたチャイナは瞳を輝かせる。
モヤモヤとした何かが鉛のような重さで心臓にのし掛かってくる。なんでそんな笑うんだ。
銀八の前でばっかり。

丁度その時、銀八と目が合った。
舌打ちした俺と対称的に、銀八はニヤニヤとしたり顔で笑う。
銀八はさりげなくチャイナの肩に手を置いて、チャイナに笑いかけた。
「一緒に食うか?神楽」
「えっ、いいアルか!?」

「……なぁに言ってんでィチャイナ?」
ぷっちんと何かが切れたことに俺は気がついていた。ゲームセンターの時と同じ、表面的な笑顔を顔面に張り付ける。
「サド?」
「行くところがあるっつってたのはテメェだろ。人に付き合わせといてテメェは先生と仲良くたこ焼き食べますってか。いいご身分だなァ」
「……っ、」
傷ついたようにチャイナは目を見開く。あぁ、うざったい。間違っていない筈なのにリンクするように痛むこの心臓が。
畜生、なんだってんだ。

「……っ、!」

思考を遮断するように意識が一瞬切れかかってよろけた。世界が斜めに傾ぐ。足を踏ん張って倒れるのを防いだ。
「おいサド!」
「沖田くん大丈夫?」
「……大丈夫でさァ」

そういや寝不足だった。すっかり忘れていた。いっそこのまま意識が飛べば、チャイナはこっちを向くんだろうか。
……チャイナにこっちを見てほしいのか、俺は。


「……銀ちゃん」
「ん?」
チャイナにしては珍しく、静かな落ち着いた声だった。
「サドの言うことに、悔しいけど一理あるネ。だから今日はサヨナラアル」
「おぉ、そうだな」
「行くアルヨサド」
俺の体調を心配したのか、右手を掴んでチャイナは歩き出した。
その手を掴み返してみたいと思ったが、それは酷く不自然で。
それがなんだか悔しかった。




***


「沖田くーん」
少し遠退いた所で、銀八が声をあげる。
振り向くと、銀八はいつものようにニヤリと笑った。

「答えっつーのは案外、足元に落ちてるモンだぜ」



銀八のその言葉の意味を俺が知るのは、もう少し後の話。




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