月に隠れる兎

一緒に帰らないか、なんてストレートに聞いたのは初めてで、馬鹿にされたらとか、からかわれたらとか考えていたが、思っていたよりあっさり承諾された。


最近ずっと沖田は眠そうにしていて、授業中は大体机に突っ伏している。
それなのに眠気はとれないようで、歩いてる途中に突然ぐらついたりするから、見てるこっちは気が気じゃない。


だからこその今日、なのだけれど。


俺は授業終了のチャイムに紛れるように、短く一つ息を吐いた。


「…帰るアルか、サド」
「あぁ、分かっ……」
「沖田先輩!!」

2人して声がした方を見た。
沖田の台詞を遮ったのは、可愛らしい声をした女の子だった。沖田と似ているハニーブラウンの髪を二つにくくっている。可愛い。
「誰でィお前」
「ふ、風紀委員の…」

一年なのだろう、少し頬を紅潮させ、不安げな表情のまま沖田を見つめている。
沖田は風紀委員だ。委員関係の話なんだろう。聞いちゃいけない話ではないだろうと分かりつつ目を逸らしてしまう。
可愛い女の子とお似合いの沖田なんて、見たくない。自分じゃせいぜい友達が精一杯だという現実を突きつけられる気がして胸が痛くなるから。
窓から空を見上げると、青を茜が飲み込むように広がって滲んでいた。境界線がきれいで目を細める。
以前ここで沖田が寝ているのをいいことに勝手に想いを告げて、勝手に涙を流した。その時の事を思い出すと、胸が締め付けられるように痛くなる。
あれ以上の勇気は出ない。例え情けないと言われたって、これ以上傷つくのが怖いから心を隠した。
この選択が間違ってると、今は思わない。


「チャイナ」
「ぅ、お、終わったアルか?」
「あぁ」

空を見るのを止めて、沖田の隣に並んで俺は歩き出した。

「帰る、アル」


以前の自分から目を背けて。
***



「どこに行くんでィ」
「寄り道、アル」
「だからそれどこだ」
「秘密アルー」

クスッと笑って少し先を歩く。俺の目的の場所まではすぐだけど、せっかく久しぶりに一緒に帰っているんだから少しぐらい寄り道したい。


賑わう商店街の一角。
そこにあるゲームセンターに入った。
耳が痛くなるような音の大きさも、しばらくすればすぐに馴染んでしまう。
俺はゲームセンターの突き当たりにあるクレーンゲームの前で足を止めた。

「あ?何かあるんですかィ」
「あそこにおいてあるぬいぐるみ可愛いアル」
「ああ、あのマウンテンゴリラ」
「の横にある兎アル!」


くたっとした体にふゃっと笑う兎はずっと眺めていたくなるくらい可愛い。
あの柔らかそうな体をぎゅっと抱き締めたい。
「……でも何回やっても取れないネ」
「お前あげくには壊しそうだもんなァ機械ごと」
「多分さすがに壊さねーヨ!」

多分がつくのが悲しいところだ。以前お菓子のクレーンゲームにヒビを入れたことがある。
横にいるコイツには絶対言わないようにしようと心に誓った。

「それはともかく……この位置じゃさすがに難しいだろィ」
「分かってるネ」
でも欲しいアル。少し背の高い沖田を見上げながら言うと、沖田は諦めたように息を吐いた。


……その一瞬後、鳥肌がたつような満面の笑みを沖田は浮かべていた。なんだか気持ち悪い。
「すみません」
沖田は横を通った女性の店員さんにそっと声をかけた。鈴が鳴るようなその声は、まるで病弱な美少年のソレのようだ。
店員さんは頬を赤く染めて沖田を見上げた。
「なっ、なんでしょうか?」
「あそこに兎の人形、あるでしょう?どうしても欲しくて何回かやっているんですが…とれなくて……」
まるで怒られた子犬のように眉を下げ、店員さんをじっと見つめる。
そして言いづらそうに、けれどどこか期待するように訊ねた。

「場所を…ちょっとだけ、替えてくれませんか?」
「は、はははい今変えます少々お待ちくださいませせ!」

めちゃめちゃどもりながら、店員さんは鍵で機械を開けて、兎の位置を変えてくれた。驚くことにそれは出口に体が半分落ちている。当たりさえすれば落ちていきそうだ。

「こ、これでよろしいでしょうか」
「こんなに近くに置いてくださるなんて……。ありがとうございます」
「いっいえ元から位置を変えるサービスはいたしておりますし!」
いやでもそれで毎回この位置に変えてたら店潰れるぞ。
全力でそうつっこみたかったが、店員さんは元陸上選手だったのかと疑いたくなるような速さでスタッフルームへと帰っていってしまった。
その瞬間沖田の笑みは消える。そして200円を入れ、あっさりぬいぐるみをゲットした。
「俺の実力を見たか」
「今のは実力とは言わないダロ」
どちらかと言えば顔の力の方が凄いと思う。…顔力?
「顔も実力のうちなんでィ。アレだ、顔力」


……あ、


そういいながらぬいぐるみを出口から取り出す沖田。俺は口許がにやけるのを堪えるので言葉が発っせなかった。


だって同じ事考えた、今。

ふわりと舞い上がる気持ちが押さえきれなくて、零れるように笑った。
「ほら。……っ!?」
ぬいぐるみを渡そうとした沖田が、何故か驚いた顔で俺を見てくる。何かついてるのだろうか。タコ様ウインナーの破片とか?
「サド?」
「え?」
呆けている、というのがぴったりの間抜け面。さっきの店員さんに見せてやりたい。
怪訝そうに覗きこむと、沖田はおもいきり仰け反った。……なんだよちくしょー。そんなに俺の顔が近づくのは嫌か。
「……とにかく、兎ありが……」
「だっ、だれもお前にあげるなんて言ってないだろィ」
「はぁ!?」
じゃあなんで兎とったんだよ!そう言い返すと沖田は少し言葉に詰まったあと、また言い返した。
「それは、…あ、姉ちゃんにあげるから」
「姉ちゃんて例のミツバさんって人アルか?」
体が弱く入退院を繰り返しているらしい。沖田が気持ち悪いくらい溺愛…というか、大切にしているのが嫌でも伝わる人だ。
「そうでィ。だからお前にはあげねェよクソチャイナ」
「そんな……」
当たり前にもらえると思っていた俺も俺だけど、今のはくれるフラグだったよな?



肩を落とした俺を見て、沖田が苦そうな顔をしていることに、俺が気付く筈はなかった。




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