勉強なんてくそくらえ!

手元のシャーペンが動かなくなって5分。
学校のチャイムが鳴り、もう5時だということを告げた途端、神楽の動かないシャーペンにヒビが入った。
「わっかんねー…アル」


***


神楽はもう一度お腹から息を吸った。
そして咆哮するように、
「わっかんねーアルゥウウ!!」
「うるせぇえーー!」
思い切り頭を叩かれて、神楽は不満げに銀八を睨んだ。銀八も負けじと睨み返す。
「なんだ、その目は」
「生徒が分かんないって言ったら、教えるのが教師ってモンアル」
一見筋が通っているように見える発言。
「国語ならな」
銀八の言う通り、その手元には数式が呪文のように並んでいる。
「数学の先生どこアルか!」
「俺が知るか補習娘!」
ついててやるだけありがたく思え。
そういって銀八は椅子に座ってジャンプを読み始めた。
薄情な教師め。


しかもその有り難い付き添いは5分も続かなかった。やっと少し分かりそう、閃くかも…、と思った考えが掻き消されるような教師の叫び声。
「あぁああ!しまった今日は結野アナの特集があったんだったぁああ!」

そう言い残し、神楽が何か言うよりも速く教室から消えていった。
畜生あのエセ教師…。明日覚えとけヨ……。


一人きり、ぽつんと残った神楽はまた問題に向き合った。
いつもならとっくに諦めてる。けれど諦められない理由が今回はあった。
沖田と賭けをしたのである。

明日のテスト、点数が高かった方が一つ言うことを聞く。というもの。

負けたらきっと壮絶に屈辱的な命令をされるに違いない。
「くっそ、全てはアイツのせいアル…」
神楽はもう一度、プリントを解き始めた。


***

そして10分。
神楽お気に入りのシャーペンは最早残骸と化していた。
我慢の限界。神楽は机に突っ伏した。

もうやりたくない。分からない。でもアイツに負けるのは癪。でも…と、脳内でぐるぐる回る考えは秒針よりも速い。
外を見ると、冬になりかけているからか、時間自体はそう遅くないのにかなり薄暗くなっていた。部活が終わっている時間だと思うとそれだけで疲れる。

「もう無理ネ……」


諦めよう。自分は十分に頑張った。
そう言い聞かせるように心の中で呟いて、シャーペンを筆箱に治そうとした、その時。

ガラガラ…、と面倒そうにドアが開いた。
そこに立っているのは、ムカつく栗色の頭の、恨みの対象。
「あれ、チャイナじゃねェか」
「クソサド…」
沖田は自然に、神楽の前の席に腰掛けて振り返った。リンゴ飴みたいな赤い瞳とぶつかる。
「……どこ」
「何がアルか」
「分かんねェからこんな時間まで残ってんだろィ」


「…余計なお世話ネ」
遅くまで残って、沖田に負けない為に勉強していたのがなんだか気恥ずかしくて、神楽は沖田から目を逸らした。
茶化されると思ったが、それから少しの沈黙。

恐る恐る顔を戻すと、やけに真剣な顔と目が合った。
急にギュッと心臓の辺りに苦しみが走る。
何故だか急に心細いような、そんな気分にさせられた。
「お前さ、」
「…?」
何かを言おうとして、沖田はほんの少し躊躇うような表情をになったが、次の瞬間にはいつもの憎たらしい沖田の表情で。
「……いや、俺、チャイナに点数勝ったら告白するから、心の準備しときなせェ」
「…は?」
「あ、それともキスにしようかねィ」
何を言い出したか理解出来ない神楽はその場に固まった。
そんな神楽を見た沖田は満足げに笑って立ち上がった。神楽の体がビクンとすくむ。
急に二人しかいない教室が時間を取り戻したように現実味を帯びた気がした。
それでも神楽はまだ何も言えない。
気づけばまたドアまで戻っていた沖田は、いつもの嫌な笑みを見せた。その口から一言。
「…勉強妨害成功ー」
「は、はぁああ!?」


なんだよ嘘かよ!と全力で突っ込みたい気持ちにほんの少しだけ‘なんだ嘘か’という気持ちが混じった事に神楽は気づいて狼狽えた。なんだってなんだ。
「あ、相変わらず嫌なヤローアルな!」
「あーはいはい。俺は勉強なんかしなくてもチャイナに勝てるけどなァ」
「んだと!?」
嘘はついてないとか言いながらニヤニヤ笑う沖田を一発殴りたくなって、ついでに勉強するのがバカらしくなって神楽は教材をカバンにしまって立ち上がった。
「あれ、帰んのかィ」
「馬鹿らしくなったアル。一発殴らせろヨ」
神楽がカバンを肩に掛け、バキリと拳を鳴らすと沖田はまた笑って走りだした。
「やれるもんならやってみなせェ馬鹿チャイナ」
「ああん?天才神楽様に何言うアルか!!」
追うように教室を出る。
明日のテスト?
そんなの、明日考えるアル!


廊下には、バタバタと走る二つの足音と笑い声と罵声が響き渡った。





勉強なんてくそくらえ!






***

『…嘘ではないけどねィ』

走りながら小さく呟いた沖田の言葉が神楽に聞こえる事はなかった。






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