好きな人の名前

会いたいアルけど
会ってくれないアルか
会い、たい…アル
会いに来いヨ!!


「……って、無理アルな。キャラホーカイアル」

ゴホッ、と咳をして、空を見上げる。

秋の香り、なんてそんなの分からないと思っていたけれど、公園のベンチでこうして秋空を眺めていたら、秋を全面で受け取っている気がした。気がしただけかもしれないけれど。

落ち葉が夕暮れに溶けたがるようにフワリ、と舞っている。
滲むような赤。
どこぞのアイツの目の色みたい。


なんて思ってすぐ、一つ短く息を吐く。
胸の辺りがギシ、と軋んだ。



***

アイツが長い遠征に出たことを、私は奴が公園に来なくなって一週間後に江戸に残った隊士に聞いて知った。一言もなく、何の前触れもなく消えた奴に対して、怒りは不思議なほど湧いて来なかった。桜の舞っていた時期だった筈だ。
「ふぅん。そうアルか」
無感動にそれを受け入れて、それからその無感動は感情にセーブをかけるための嘘だったと気づいたのは、公園のベンチに黒猫が寝そべっていた時だった。季節は確か去年の今頃。


「そこは私の特等席アル。どくヨロシ」
ど真ん中を占領していた黒猫は、チラッと私の顔を見て、無視するようにまた瞳を閉じた。
「おーい猫、じゃあ半分席分けるアル」
しかし黒猫はそれも無視して丸くなるので、むかつく猫だなぁと思いながらはじっこに座った。その時奴の事を思い出したりはしなかった。正確には、思い出さないようにしていたんだと思う。心に自分でも気づかないよう鍵をかけて。


その黒猫はそれから毎日、私より先に来ていつも席のど真ん中を占領して寝ていた。触ろうという気には何故かならなくて、帰るのが癪だった私ははじっこにいつも座って、なんとなく空を見上げていた。これは確か、冬。
寒かったのに、毎日毎日公園に行った。自分の気持ちが分からないまま。


「寒い、アルなぁ」
不意に言葉を吐き出すと、白い息が空気に消える。それを眺めていたら、膝に少しの重みと暖かな温度。
「ニャア」
「お前…この私を湯タンポ代わりしてるアルか」
「ニャア」
「むかつく黒猫ネ。これじゃあまるで……」
続ける前に言葉をぶつ切った。

これじゃあまるで、アイツみたい。


急に全身に血が巡ったように熱くなり、ドクドクと音がした。目頭が熱くなって、すがるように猫を抱き締めた。
会いたい。
会いたい、会いたい会いたい会いたい。
声に出来なくて、出したくなくて、だしたらもっともっと胸が痛くなる気がして言わない変わりに涙を溢した。
ああ、好きだったんだ。
無意識に忘れようと心がストップをかけるほど好きだったんだ。
きっと苦しい筈なのに、むかつく筈だった黒猫は私の涙をペロペロと舐めてくれた。



それから丸一年。
気づいた感情に再びセーブはかけられなくて、毎日やっぱり公園に来た。
今日も今日とてそれは変わらず、全面で秋を受けとる膝の上には黒猫。


いつ頃帰ってくるかなんて知らない。聞く気もない。何も言わなかった、っていうのは私に対してそんな感情を抱いていなかったからだろうし、私だけ待っているなんて癪だったから。うつ向いて黒猫の毛並みを眺める。
帰ってきてもしまた奴がここへ来たら、無言で傘から発砲して戦いを始めよう。
「会いたかった」
なーんて、キャラじゃないから。


「俺も、会いたかった」

アイツが『会いたかった』なんて、結構似合わないアルな。私の空想もなかなかリアリティアル。

「チャイナ」

ああ、ずっとそんな呼び方だった。言い合って争って、だけど私が奴の名前を呼んだことってあったっけ。一度くらいは呼んでやろうか。
沖田、って。
「神楽」


おい、下向いてんじゃねェよ。



そう言われて反射で顔を上げた。

季節が、時間が、止まった気がした。


「お前……っ!」


その時動いたのは、しなやかに走り去ってしまった、いつものっそりしか動かない筈の黒猫と、黒の隊服に身を包んだコイツ。
「会いたかった…神楽」


ぎゅうっと痛いくらい強く抱き締められても言葉一つ発せなかった私の変わりに、涙だけがこぼれ落ちた。



コイツが…沖田が、好きだったと気づいたあの日のように。

















やっと呼べる。











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