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「ぃ痛っ!」
ブシュッと容赦なく土方に消毒液をかけられて、神楽は悲鳴を上げた。


「テメーが悪いんだろ」
「ちょっとした不注意だったネ」
「だから、自業自得だろ」
「……死ねクサレマヨ」


保健室の先生は今日も休みだった。少し薄暗い保健室は今の神楽には丁度いい。醜く歪んだ表情を隠せるから。

「さっきの総悟のアレだけど」
「…その話は、」
神楽の心情を悟られたかと思った。痛い筈の指の痛みを感じなくなる程驚く。


「多分続きがあると思うぞ」
「っ、なんで…!」
「アイツがアンタのこと大嫌いとか、ありえねェから」
何故だか断言する土方は、神楽の頭にゆっくり手をのせた。
「?」
「好きなんだろ?」
「……っ!」



バレていた事と、それに気付いていたのに変わらず接していた事に驚く。その僅かな驚きは、否定する時間を奪ってしまった。


「なん、で…」
声が掠れる。
「見てりゃ分かんだろ」
「じゃあなんでまだ俺と」
仲良くしてんの?と言うのは何だか変な自惚れのような気がして言えない。
「別に、好きになったのが男だったってそんだけだろ」
「そう、だけど…」
「気にしねーよ。んな事」

土方は本当に気にしていないようだった。普通友達が同性を好きだなんて知ったら気持ち悪くて離れていくもんなんじゃないのか?
神楽が腰掛けている椅子がカタリと鳴った。

動揺に動揺が重なって、廊下に響く足音を神楽は完全に聞き逃した。
「でも俺、あんなの気にしていないアル」
「指を切るほど動揺したのに?」
「それは、偶然…」
「嘘つけ」
「嘘じゃな…」

土方が何故か不自然に神楽に顔を近づける。
「ったく。完全に俺のキャラじゃねぇって……」
「おいなんの話…」

続きをぶち切るように扉がダンッ、と強く開く。神楽は目を見開いた。音にではなく、立っていた相手に。

「さ、サド…」
「総悟。料理はどうしたんだよ」
「とりあえずチャイナから離れて下せェ」

沖田はずかずかと保健室に入り、土方の右腕を掴み引き剥がした。土方は怒るでもなく薄く笑っている。

「邪魔者は消える。じゃあなチャイナ」
「あ、消毒ありがとアル!」
それには答えずに、土方はヒラヒラと手を振ると保健室の扉を閉めた。そして気づく。


これってめちゃめちゃ気まずいアル…!



だがよく考えれば気まずいのはこっちだけの筈で。
なのになんでこんなこいつ苛々してるアルか!

「サド?」
「なんで俺に言わないんでィ」
「言うって、指を切ったヤツアルか?そんなの、わざわざお前に言うことじゃないネ」
わざと明るく振る舞っているのに沖田のテンションは相変わらず低い。

座っている椅子が急に傾いたような、不安な感覚に襲われる。
「さっき、」
「へ?」

沖田はゆっくり近づいて、目の前に立った。赤い瞳に射抜かれて言葉も発せない。
沖田は静かに手を伸ばし、神楽の頬に指先だけ触れた。
それだけで。


心臓が暴れる。なんだか泣きそうになって、沖田を見上げた。
暗くて表情は読めない。それは相手もそうだろうけど。

「土方さんと、何して何の話してたんでさァ」

消毒中に沖田が好きだとバレて動揺してました、なんて。
言えるわけねーダロ。

「別に。消毒してもらっただけアル」
「言えねーような事、してたのかよ」
「…どっちにしろお前にはどうでもいい話アル」
大嫌いなんダロ。
小さく呟く。すると沖田は無表情のまま口を開いた。

「大嫌い、だった」
「だっ、た?」




「転入生だか何だか知らねェが生意気だしつっかかってくるし早弁うぜェし細いくせに俺と張り合えるくらい強ェし。…まあとにかく気にいらなかったんでさァ」
沖田は薄暗い保健室を少し歩いて、窓側のカーテンを開いた。
強い光が差し込んで、神楽の足元を照らす。沖田の顔は逆光でよく見えない。
「なのに」
いつの間にか。


そういうと沖田は、もう一度神楽に近づいた。椅子に座っている神楽は俯く。


二人しかいない保健室。沖田がカーテンを開いた場所から、光が伸びるように二人を照らす。
「おき、」
「面倒なんでィ」
「?」
これから何があるのかも分からないのに、何故だか涙腺が緩む。
沖田は神楽の顎に手をかけて、上を向かせた。

「本当に、面倒でさァ。チャイナは」
「お前…には、負ける、アル」
「しかも…可愛くねーし」
「当たり前、ダロ」
男なんだから。
その後の言葉は全て、その場の雰囲気にのまれた。
だんだんと距離が近づくにつれて、静かな保健室に響きそうなほどドクドクと心臓が波打つ。それは切った指にもシンクロして伝わってきた。震えた神楽に気づいた沖田がほんの少し微笑む。



そして――、





***


ガラガラと扉がのんびり開いた。
二人は慌てて離れる。

「今日銀さんが担当だったの忘れてたよ〜……って、何やってんだお前ら」

パチリと保健室の明かりがつけられる。

「ちょっとコイツが調理で怪我しやしてねェ。手当てしてたんでさァ」
嘘と本当が入り交じった発言はどうやら銀八に信じて貰えたようだった。

「だったら早く戻りなさい。そろそろ出来る頃なんじゃねーの?良かったじゃねぇか面倒な工程やらずに済んで」
「本当でさァ早く戻らねーと」
「神楽?」
訝しげに銀八が覗き込んでくる。

「…チャイナ。戻るぜ」
「うあ、」
神楽はぎこちなく一歩を踏み出した。

「……ははーん、さてはお前ら何かしてたんだろ。暗がりの保健室で」
「……さあ?ご想像にお任せしまさァ」


そうして神楽と沖田は保健室を後にした。



調理は土方が隙をみて全員分にマヨネーズをかけていて、(本人曰く優しさ)とても食えたもんじゃなかったけれど。

目があってニッと笑った沖田の笑顔はいつも通りで神楽も強気に笑い返した。



確かにこの日を境に何かが変わったのだという、緩やかな境目示して。
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