結局はいい人

ケホッゴホッ、と不規則な咳を吐き出して、神楽はヒュウヒュウと音を出しながら息を吸った。上下する体が辛そうだ。


「辛いヨ銀ちゃ……」


普段はあまり弱音を吐かない彼女が、涙目で黒い隊服に身を包んだ二人を捉える。
近藤さんの命令でお妙の居場所を探るためにしぶしぶここへ来たら、薬がどうとかでここを任された。


「旦那は出掛けてるっつったろィ」


「アイツも勝手だな。ったく」



土方が不機嫌を隠そうともせず呟くと、神楽が縦に首を振る。
「まったくアル。ちくしょー見損なったネ…ゲホッ」
「…おい、喋んな」
咳き込む神楽に何故か心配そうな沖田。
珍しいな、と土方は思った。


神楽を心配するなんて今までなかったのに。
これじゃあまるで――、


(好きみたいじゃないか)


――…え、


自分で考えた意見を吟味するより前に、沖田の神楽に対する今までの態度が頭に浮かんだ。

普段から喧嘩ばかりで生傷ばかりの二人。
何故か神楽にはつっかかる沖田。
確かに沖田は土方に対して態度が悪いし、他の者にも悪いが、神楽のように全力じゃない。
少し構ったついでにいじめました。


まるでそう言いたいかのようなポーカーフェイスが常で。

……似た者同士だと思っていたが、もしかしてもしかするのか。


ゲホ、という咳の音で思考は中断した。


「薬の場所、お前分かるかィ」
不機嫌極まりないです。そして不本意極まりないです。そう言いたそうな横顔をチラリと盗み見る。
……なぜ気づかなかったんだろう。
こんなに分かりやすいのに。

土方が分かるのも道理だと言わんばかりに、沖田の耳はほんの少し赤い。優しくすることに慣れていないんだろうと思うと少しほほえましく思った。


「お前……に、任せたら、薬にタバスコ入るアル。マヨ、頼んでいいアルか?」

おっとこれは痛い。気持ちが分かってしまうと余計に疲れる事もあるのか。例えばいつも刺すような視線の意味は副長の座だけに限らなかったんだなとか。


現在進行形で睨まれてる殺気止めろとか。そんなに好きなら苛めるなよとか。
色々考えてしまう。
そして同時に。


「じゃあ、持ってくる。どこに薬あるって?」
神楽を見て優しく言う。
「多分テレビの横の棚に…」
「分かった」


立ち上がって、土方は沖田に命令口調で言いはなった。
「二人になるけど、変な事するなよ?」
「な………、」
沖田の顔がみるみる驚きに満ちていく。


「ああ、でも、粥を食わせるくらい出来るだろ?山崎呼んで作らせるから、食わせてやれ。あと、熱測り直せ」
「なん、で俺が……」

嗄れた声で呟く沖田に、土方は言い知れない喜びを感じた。


好きなんだろ?


口パクで伝えると、沖田はポーカーフェイスを落っことして、徐々に赤くなった。



そんなに好きなら苛めるなよとか。
色々考えてしまう。
そして同時に、



苛めたいとも。



***


土方が襖から出ていくのを、神楽はぼぅ、と見ていた。
横で座る沖田はなんだか落ち着きがない。


「おい、何をそんな……そわそわしてるネ。厠ならあっちア…」
「違ェよ」

ムッと言い返す沖田は何故か少し頬が赤い。

「ざまあみろネ。移ったんじゃないアルか?風邪」
ふらふらする手を伸ばして沖田の額に伸ばす。しかし沖田は全力で飛び退いて、口をパクパクさせた。まるで乙女のようだ。


「失礼な奴アルな。病人が……せっか、ゲホッ!!」
「し、喋んな馬鹿」


慌てて近づいてきた沖田は、右手で体温計を差し出す。

「測れ」
「嫌アル」
「はあっ!?」
「体温計、脇に挟むときにヒヤッとするネ」
「ガキかよ……って、ガキか」
思わずムッとなった。ガキと言われるのは心外だ。

「ふんっ!寄越すネ!それっくらい楽勝アル!」
体温計を奪いとる。
「あ、おい!」


普段ならきっとさすがにしない。けど神楽は熱があった。
寝間着を上へ捲し上げる。白い肌着が姿を現した。


すると次の瞬間沖田は瞬きをする間にはもう部屋から出ていた。


その時神楽は検討ハズレに思った。

やっぱ便所行きたかったアルな……。



***


その姿を襖の隙間から見ていた土方は頬が弛むのを止められなかった。年相応の初々しい反応が見られるなんて思いもしない。

だが沖田が光の速さでこちらに向かってきたので、そこから飛び退いてそっぽを向いた。薬を片手にゆっくりと沖田の方を振り向く。

「どうした?総悟。そんなに息切らして」
しらっとそう言うと沖田がまた年相応にムッと顔をしかめた。
「……何を勘違いしてるのか知りやせんが、俺ァ別にあんなマウンテンゴリラなんて…」
「あ、万事屋がチャイナ娘を押し倒そうと、」
言い切る前に沖田の全身から殺気が迸る。


「…冗談だ」
「なっ……!」


面白い。いつもやられるだけやられて仕返しなんて考えもしなかったから。
次はどうからかってやろう。そう思った矢先に咳の音が聞こえた。

「……土方さん、薬」
「え?」
「アンタ何のためにこの部屋にいたんでさァ」
その低い声と静かな迫力に押され、気付けば土方は薬を沖田へ渡していた。
「アンタに復讐するのは後にするんで」


すっかりいつも通り、冷たく言い放った沖田は、それでも一度襖を開けるのに躊躇して、ゆっくりと襖の中へ入っていく。


「大事に、してんだな……」


無意識に呟いた言葉は、‘沖田’という人間には似合わない筈のものだ。
けれど不思議と違和感はない。



本当はもう少し弄るつもりだったが……。



土方は客間のソファーに腰掛け、タバコは吸わずに空を仰いだ。
ほんの少し、笑みを浮かべて。





結局はいい人



その数日後、例の首輪事件が起こる事をこの時の土方はまだ知らない。
それはまた、別の話。











***
青春サイダーの杏さまに捧げます!

せっかくの素敵リクエストがこんな残念な感じに仕上がっちゃってすみません!(土下座)


不甲斐ない文才不足の片無ですが、これからもよろしくお願いします!
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