夏はとっくに過ぎたようです。
会いたいと思うなんてあり得ない相手なのに。
***
前までは一ヶ月に一度行っていた公園に、いつのまにか毎日来るようになった9月の半ば。
神楽はいつもの番傘をさして公園へと来ていた。
残暑は厳しいが、この公園までの道は、そしてこの公園は、それにも増して暑いままのような気がする。
空はまだ一目で夏と思うほど青い。
公園へ足を踏み入れ真っ先に向かうのは一つのベンチ。
絶妙に苛つくアイマスクをつけた沖田が座っている。その沖田に、神楽は容赦なく傘を降り下ろした。
ガキィィン、という金属音が辺りに散らばり消えていく。いつのまに抜いたのか、刀を抜いて応戦した沖田はアイマスクをポケットにしまった。
「またかィ、クソ女」
赤い瞳が神楽を面倒そうにうつしている。
…あ、また。
ドキ、とズキ、の中間のような、胸がキュッと締まる感覚に神楽は沖田から目を逸らした。
「お前もナ」
「俺ァ巡回中でィ」
「寝てたアル」
「サボってたから」
「堂々と…言うなっ!」
体ごと一度引き、もう一度走って近づく。
刺すように鋭く突いた傘を、沖田は横に薙いで神楽に近寄った。
「俺の勝ち?」
厭らしく笑う右手には刀。目前でそれを確認すると同時にバックステップで沖田から離れる。
「私の勝ちアル!」
もう一度走りだし、沖田に傘を降り下ろす。
沖田はそれを右に逸れてよける。
「それで勝てると……っ!」
避ける事なんて想定済みだ。
神楽は振り下ろした傘をそのまま右に振った。少し鈍い感覚。
しかし寸前のところで刀が割って入っている。
「よく守ったアルな」
「伊達に斬り込み隊長やってねーんで」
軽口を叩きながら再戦。
これが最近の日常なのだ。
***
「また引き分け…アルな」
「あぁ……」
すっかり紅に染まった空をベンチに腰掛け見上げる。何度目かも分からないセリフ。
風が柔らかく吹くと、栗色の髪が少し舞い上がった。
「何、見てんでィ」
上を見上げながら、目線だけ向けてくる。
最近おかしい。目が合った瞬間に、心地よかった風が物足りなくなるのだ。
つまり、暑くなる。
「見てないアル」
「あ、っそ」
すぐに視線ははずされた。
(目を合わせたい。もう少し、少しだけ、近づきたい。)
……って、あり得ないあり得ないあり得ない。
二つの心が相対して、あり得ないのが本物の筈なのにしっくり来ない。
神楽はほんの少しだけ、沖田との距離をつめた。
「…こっち見るヨロシ」
「は?」
目が合う。充実感。
舞い上がる風に比例する感情。上がる気温。
これは何?
「暑いアルな。まだまだ夏ネ」
「もう涼しい風、吹いてんだろーが」
何いってるんだお前?みたいな顔で言われて、首を傾げる。
「だって今も暑いアル」
「いやだから、涼しいだろ」
え?こんなに暑いのに。
「暑いアル…」
「暑がりかねェ。それとも」
一瞬溜めて吐き出された言葉は、私の脳をフリーズさせた。
「俺に惚れた?」
「え、」
冗談だと分かる言い回しだったのに、一瞬の躊躇が決定的にそれを冗談だとバカにできなくなった。
「……え、嘘。マジでか」
言った本人が狼狽えている。
…暑い、んじゃなく。
沖田は急に立ち上がって、神楽の頭辺りに両手をついた。
「……暑い、アル」
「違う」
沖田が距離を縮めてきて、神楽は声も出せなくなった。耳元に声が降る。
「熱いんでィ」
「…マジ、でか……」
上がったのは気温じゃなくて体温だった。
それを裏付けるように、昨日より早い夕暮れが二人に訪れた。
夏はとっくに過ぎたようです。
リハビリ文。