無自覚バカップルの初デート

その日は少年少女にとって、少し特別な日だった。


「待ったアルか?」
「待った」

お約束もクソもない発言。だが神楽も沖田もそんな“お約束”なんて知らないのでさして気にする様子もない。

しかし『待った』そう言った沖田は、らしくもなく少し焦った声で付け足した。
「待った、けど、気にしねェから別にいい」


いつもより何だか優しい沖田に、神楽の目が少し見開く。
「熱があるなら無理しないほうが…」
「ねえよ」
本気で心配されてしまった。それが腹立たしいやら嬉しいやら。どう反応していいか分からず、とりあえず沖田は話題を変える為に私服の神楽を一瞥した。



「その…なんだ、に、」
「に?」
似合ってる。たったその一言が出てこない。
愛してるって言う訳じゃないんでィ!気張れ俺!
「にっ、」
「に……肉球?」
「肉球?」
「違ったアルか?」

違う!なんで今の流れで肉球?
しかし首を傾げる神楽が異様に可愛かったせいで何も言えない。
結局似合ってると言えなかった沖田はまるで腹いせのように神楽の手を掴んだ。そしてそのまま指を絡める。
「わ、ちょっサド…」
「何、嫌?」
「いっ」
赤くなって俯く彼女が可愛らしくて仕方ありませんどうすればいいですか。
沖田は繋ぐ右手の小ささが堪らなく愛しく感じた。
「嫌じゃない…………アル」






今日は俗にいう“初デート”というヤツである。
一生ないなと半場諦めていた、『神楽と付き合える事』が出来るとはミジンコ程も思っていなかった沖田は、今日が実は寿命なんじゃないかと数回考えていた。


前日に色々プランを考えたが、悩みすぎて気づいたら朝を迎えていた。我ながら阿呆だとしみじみ思う。
バイトに行く途中だった土方と偶然出くわして、事情を話すと憐れみの視線で見られた。
口に加えていたマヨネーズを一気に出してやった。
学校に行く途中の銀八に偶然出くわして、事情を話すと全力で笑われた。
口に加えていた飴を喉に差し込んでやった。


「サド?どこ行くアルか?」
「…んー悪ィ。実は考えてきてないんでさァ。適当に歩いて決めねェ?」
「エスコートは男の役目アル!全く仕方ないアルな!」
「……その割には嬉しそうだけど」
にこーっと笑っていた神楽は、少し驚いた後自分の頬を擦った。
「きっ、気のせいヨ!」
「ふーん。ま、そーいう事にしといてやりまさァ」
嬉しいんだ。チャイナも、俺も。そう思うとつい笑ってしまう。
こんな関係になるなんて想像もしてなかったなァと、やや感慨深い気分になった。


「おい、遠い目になってるアルヨ!」
右手が軽く引っ張られた。その行動一つ一つが愛しいなんて言ったら殴られそうだ。

「デートなんてしたことねェから今一…」

「別に、普段友達と行くような感じでいいと思うアル。前もそうだったし」
そっか、それなら――頷きかけてピタリと止まる。
おい、ちょっと待て。今然り気無く問題発言しなかったか?


「……チャイナ、付き合った事あんの」
「えっ?……あ」
しまった。そんな表情をした神楽に、何だか胸がざわつく。
「ま、まぁな。昔、一回だけ…」
「へぇ。初耳」
「べ、別に言わなきゃいけない事じゃないネ」
「それもそうか」
納得したように頷くと、神楽は安心したように息を吐いた。
……面白くない。


「で、チャイナ。その彼氏さんとデートしたときは、どこに行った?」
参考程度に聞きたいだけです。もう気にしてません。そう聞こえるようににっこりと笑う。右手をさっきより強く握った事に、神楽は気づいているようだった。
「前……は、カラオケに」
「行ったのか!?」
「……?おぉ…」
二人きりでカラオケなんてそんなの、何をされるか分かんないじゃねェか!
「……行くか、じゃあカラオケ」
「えっ別に同じじゃなくても」
「いや、行く」
面白くない。面白くない面白くない。
神楽が誰かと付き合っていた事も、そのたった一つの事実に動揺してる情けない俺も、全部面白くなかった。

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