その手を繋げたら

その日だけ、普段から中国と見間違う格好をしている彼女は日本の女性と化していた。
後ろで結われた髪も綺麗に少しウェーブがかっており、夜の道にオレンジの髪と赤の浴衣が映えている。

「まだ…こないアルか」

…遅っそいアル!


その少女、神楽は栗色の髪の男を待ちながら、本日5度目の舌打ちをした。


耳からは、太鼓や笛といった祭りならではの音や、様々な人の楽しそうな会話が拾われてくる。
その数倍、漂う匂いに何度神楽は待つ足を進めようとしたか知れない。


全く、女を待たすなんて男の風上にも置けないアルな!

まるで犬が待てをさせられているような気分になる。それが苛立ちをより一層際立てていた。


待ちの男が来ないなら俺等と…という彼女を知らないからこその勇者は舌打ちの回数より多い。
6度目の舌打ちをしようか悩んでいると、後ろから肩を叩かれた。
もう何度目か考えたくない程野郎が来る回数のほうが多いのに、たった一度来るだけの男が今度こそ来たんじゃないかと期待してしまうのは、認めたくないが惚れた弱み…なのだろう。


期待半分苛立ち半分で振り向くと、それは確かに見知った顔ではあった。

「アイツな、来ないぞ、今日」


だがそれは待っていた男ではなく黒髪のマヨネーズ愛好家、土方だった。
「せっかくめかしこんで来たってぇのに悪いな」
相変わらずの無愛想っぷりは、黒い隊服には合っているかもしれないが賑わう祭りの場にはあまり相応しくない。
「別に、神楽様は普段からめかしこむ必要もないくらい美人アル。だからめかしこんでなんかないネ」
そんなことより、散々待たしといて来れないってどう言うことか説明しろヨ。
そういうと、土方はバツが悪そうに顔を逸らす。
「……言えねぇ」
「はあ?散々待たしといて言えないってどういうことアルか」


神楽の言い分は最もだ。だからこそ、土方は目を合わせないのだろう。
苛立ちが諦めと混ざって頭の中がごちゃごちゃする。気持ち悪い。
「ああ、分かったネ。私に言えないような事してるアルな。それで、そっち優先アルか。随分ヤツも偉くなったアルな。イモ侍にも何かいい縁があったネ?」
ハッと笑う彼女は、相手を侮辱したつもりで自分が傷ついていた。


神楽の横を、ナンパしてきた男達が食べ物を手に持ちながら去っていく。
つまり神楽はそれだけの間待っていたのだ。大好きな食べ物も買わず、ずっと立ちっぱなして容赦なく好奇の目で見られている事に気づきながら、ずっと。

――……それなのに。


ギリッと歯を食いしばる。そんな神楽を見かねてか、土方はため息を一つしてフォローを入れた。
「勘違いすんな。アイツは馬鹿なくらい、お前以外眼中にねーから」
「そんなもの分かんないヨ。皆が皆、マヨみたいに一途じゃないアル」
「俺が一途?へぇ、初耳だな」
「…とにかく、要件はそれだけアルな?」
「ああ」
ホッとした土方の表情に、神楽は6度目のため息をついた。
「じゃあ、」

…………。


訊ねると、土方の目が見開いた。
目の前をまた一人、少し前に声をかけてきた男が通り過ぎていった。



***


その日、普段は黒い隊服に身を包んでいる少年は祭りに似合った柄の浴衣を着ていた。
ただその少年―、沖田のいる場所は祭りの会場でもなければ、花火がよく見えるスポットでもない。
見飽きてしまった屯所の縁側。
「あー、アイツ帰った…よなァ」小さくため息をついて縁側に座って星空を眺める。
ほんの少しの太鼓の音や喧騒が、蝉の音に紛れて届いてきた。


少し動かしただけで、顔をしかめてしまうような痛みのする右足を、沖田は忌々しげに睨んだ。


…ついてねェや。


戦いの最中に気を抜いて生きていたのだから、ついてはいるんだろうが、今日と言う日においてはついてなさすぎた。


最近会えなくて苛々していたから、顔には出さないが少しは…いや、相当楽しみにしていたんだ。
まさか足をやられるとは……。せめて手だったらいけたのに。いやそれじゃあ手が繋げない、か。もう片方の手はきっと、アイツが買った食べ物を持たされて開かないだろうから。


彼女がにっこりと笑って食べ物を口にする姿を思い浮かべて、少しだけ心を慰めた。


「思ったより大丈夫そうアルな」
「………な、」


ザッザッと歩く音に顔を上げて、目を見開いた。
両手に食べ物を沢山抱えた少女。
「……神楽」
顔はぶすっと不機嫌そうだが、沖田は思わず瞬きを忘れて神楽を凝視した。美人と可愛いを足したらこんな風になるんだろうか、と沖田らしくない事が頭をよぎる。

「浴衣着るなんて…言ってなかったろィ」
「姉御がくれたアル。似合うダロ?」
「馬子にも衣装」
かわいいよ、や綺麗だな、と言えれば良いのだが、残念ながら自分の口そういった類いの言葉は期待できないようだ。


「素直にかわいいって言えばいいネ」
そういいながら、神楽は沖田の隣にトスンと座った。
「足をやられたアルか?」
「見りゃ分かるだろィ」
「お前、来なかった癖に浴衣アルな」
「行くつもりだったんでィ」
行けなかった事に対する謝罪をまだしていない。その事に気づいて多少の罪悪感を感じた。


「無理やり行こうとしたら、山崎と土方さんと近藤さんに止められて、行けなかった。土方さんに足のこと、アンタには口止めしとけって言っといた筈なんだが」
あのヤロウ。低く呟くと神楽が笑う。
「マヨはちゃんと言わなかったアル」
「じゃあ、なんで」
「私はただ、屯所に行く道を聞いただけアル。お前に、文句言おうと思ってナ。それに…」
続いて出てきた彼女らしからぬ言葉に、沖田は思わず神楽を強く抱き締めた。
頬を暗がりでも分かるほど紅に染めて俯く彼女の口から出た言葉。



…せっかくの浴衣、見せたい相手に見せたかったアル。



「…反則でさァ」
抱き締めながら呟き空を見ると、花火が一度花を開いた。


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