不確定子供期間

神楽はその日珍しく本を読んでいた。読んでる表情が真剣で、眼鏡に隠された青い瞳は相変わらず澄んでいる。沖田はそれを飽きずに横目で眺めていた。


しばらくして、神楽はその本の余韻に浸るようにゆっくりと本を閉じた。
「どんな話だったんでぃ」
「……男が浮気して、当てつけで女も浮気して、結局離婚して浮気相手と結婚する話アル」

食べ物の話なんだろうなと決めかかっていた沖田にとって、それは予想外な返事だった。
「もの好きなヤツ」
わざと怒らせようとそんな事を言ってみたが、神楽はまだ閉じた本をじっと眺めている。
涼しい風が窓から流れて教室に入り込み、柔らかそうな神楽の髪がふわりと浮き上がった。
そういえば放課後だったな、なんてどうして今頃。


「好きになって結婚したのに別の人を好きになるって、馬鹿みたいヨ」
「…そうだねィ」
ようやく本から目を離した神楽が、沖田を見つめた。それだけでなんとも言えない満足感が身体中に染み渡るのを感じる。
もしかしたら本に嫉妬していたのかもしれない。
グラウンドから運動部の声が届く。ファイトー、諦めるなー、サーブ慎重……。

「私はまだ、“違う人を好きになる”すらろくに分かんないガキなんだなって、思ったアル」
「だってまだ、18だろぃ」
「でももう、18アル」


18、それはただ長い年月のなかの一年に過ぎないくせに、後の人生を決める重要な年でもあって。
いつまでもここにいられない。それを春の風も、真新しい部員の声も告げていた。


「チガウヒトヲ、スキニナル」
「おい、なんでカタカナなんでぃ」
「だってなんか、宇宙語みたいで」
「ふーん…」
スキニナル、好きになる。神楽にとっての宇宙語は、確実に沖田の辞書に乗っていて、それは目の前にいる彼女を好きでいることだと表記してある。


「チャイナ」
「何アルか?」


「スキニナル、って単語。……教えてやりやしょうかぃ?」
「馬鹿にすんなヨ沖田」

大人になったら今この時を思い出したりするんだろうか。
神楽は立ち上がった。


将来、何をしているかなんて想像も出来ない未来を考えている今この時だけは確実に子供だ。



「好きになる……それくらいは、私の辞書に載ってるアル」
見上げるとまた、眼鏡越しに澄んだ瞳とぶつかる。
夜空よりは淡くて、今の空よりは濃い青に吸い込まれてしまいそうだ。


違う人を好きになるかなんてソイツ次第で違うヤツもいる。
子供のうすっぺらい考えかもしれない。
それでいいじゃないか、と沖田は思った。
今この瞬間は、子供だ。



「俺は絶対、」



違うヤツを好きになったりしない。
だから願う。…もし神楽も同じなのなら、ガキの考えが貫き通された未来で、二人一緒にいられますようにと。




「帰るぜィ」
「おぅ!」
自然と手を取って、二人は夕日の溶け込んだ教室をあとにした。
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