赤いかんざし

男らしい女の、ふとした時に『女の子』が見える瞬間が、男は大概弱い。

俺も例に漏れずそうである事に気づかされたのは、5月終わりの話である。
***


公園にあまり似つかわしくないぶつかり合う音が一際大きく鳴った後、辺りは静けさを取り戻すように風が流れた。

「今日はここまでアルな」
「次は決着つけてやらァ」
公園の中心で、俺とチャイナ…もとい神楽は息を一度大きく吸って吐いた。
空は青く、緑は淡い。
自分達のせいでほとんど公共物がなくなった公園にある大木がさやさやと柔らかい風に吹かれて凪いでいる。その柔らかな風に少し、焦げるような焼くような、強いていうなら祭りにあるような匂いが混じって興味がそそられた。

「帰るか」
チャキ、と剥き身だった刀をしまうと、途端に辺りから人が戻ってくる。
「そうアルな」
神楽も一度、匂いを嗅ぐように空を見上げて息を吸った。



***


神楽としばらく歩くと、匂いの正体が知れた。屋台がいくつか並び、人が賑わっている。
「祭りアル!」
「んな昼間っから祭り?」
ちなみにまだ3時くらいだ。
「フリマだよ。フリーマーケット。チャイナ服の可愛お嬢さん、一つ買ってかない?」
地面に青いシートを引いて、よく分からない骨董品やアクセサリーなんかを並べた男が神楽に笑いかける。可愛いと言われて満更悪い気もしないのか、神楽はしゃがみこんで商品を眺め始めた。

その横顔は、少し見とれるくらい綺麗だ。
以前、妖怪祭り囃子などと言われた事もあったが、あれは神楽とせっかくラブラブ(?)の場面を邪魔されたからだったんだが、神楽はどうだったんだろう。


「これなんか、君に似合いそうだけど」

そういって男が差し出したのは、細やかな装飾がなされた赤い花がベースのかんざし。何故チャイナ服の女にかんざし。いや、似合うんだけど。

「可愛いアルな…」
少し淡く頬を染めて神楽はそのかんざしに目を奪われていた。その神楽に俺は目を奪われる。何の連鎖だ。
「500円だよ」
「今日はお金、持ってきてないネ…。ごめんなさいヨ」

にっこりと寂しそうに微笑んで、神楽は立ち上がった。最後にチラリとかんざしを見て歩き出す。
「別にお前は一緒に行動しなくてもいいアル。さっきのかんざしも、どうせ似合わないとか思ってるんダロ」
思ってねぇよ。しかしそう言う前に、彼女は歩き出してしまった。
なんとなくムカついて立ち上がる。
「兄さん、あの子狙ってるならどう?これ、プレゼントに」
さっきとうって変わって男はいらやしい笑みを浮かべた。プレゼント。アイツに?


いや、まず渡せないだろ。でも、もし渡せたら。
いやいや、やっぱないだろ。…でも、


脳内に、補完100%のかんざしをさして優しく微笑む彼女を思い浮かべる。


俺はかんざしを手に取った。



***


別行動でいい、自分でそんなことを言っておきながら、追いかけて来ないアイツに少し寂しさを感じた。
前祭りに来たときは、ヤツと射的をしたな。あれは結局、どっちが勝者だったんだろ。


フリーマーケットには、屋台もいくつか置いてあり、焼き鳥やフライドポテト、綿飴や飲み物などが私を魅了する。お金持ってくれば良かった。さっきのかんざしだって、凄く可愛かったのに。


目の前を、腕を組んだカップルが通りすぎた。その彼女の頭にはかんざし。
ねぇ、似合う?
似合うよ、とっても。
カップルの会話を羨ましいと感じるくらいに、最近の私は女の子だった。
「お嬢さん、フリマは楽しみましたかィ」
聞き間違えようのない声に、一度大きく心臓が跳ねた。
「キモいアル。それに、今日お金な…い、」
振り向くと、沖田は片手に焼き鳥、もう片手に団子。腕の中には沢山の食べ物や雑貨を抱えていた。頭には狐のお面までつけている。沖田はいつものサディスティックな顔でニヤニヤ笑った。こいつ、人が乙女な悩みを抱えてる時に食べ物抱えてやがる。殴っていいアルか。いいよネ。

「羨ましい?三回回って下さいご主人様って言ったらやらないこともないかもよー」
ぷっつんと何かが切れる音がした。
「……おい、ちょっと表でろヨ」
「いいぜ」
そうして私と沖田は、また公園へと逆戻りをすることになった。死ねドS。


誰か教えてくれ。いったい私はコイツのどこに惚れたんだ。


***


さっきまで無人だった公園には、人が戻ってきていた。だが俺と神楽をみた瞬間人影が凄まじいスピードで消えていく。
俺は食べ物とその他諸々をベンチに置き、神楽を見据えた。右手を刀に添える。
「いくアルヨ」「どーぞ」
次の瞬間に、神楽は視界から消えた。跳んできた彼女の蹴りをほぼ反射で鞘を使い受ける。

いつもなら間合いをとるのだが、俺はそこで踏みとどまった。神楽は続けざまに回し蹴りを三回。4回目に俺はよけ、刀を抜いた。


「さっき俺はなんて言えばアレをやるっていったっけ?」
「三回回って下さいご主人様、ダロ!記憶障害かお前!」
神楽は傘を俺に向けて発砲する。刀で跳ね返した後俺は小さく笑った。


「バーカ」
「んだと!」


彼女はより激昂して俺を襲う。
これをコミュニケーションなんて思うのはきっと、俺の頭が桃色に犯されているからだ。



日が傾き、夕日が濃い影を作るころ、戦いは終戦を向かえてベンチで二人腰かけた。
やがて彼女からすやすやと一定の呼吸リズムが聞こえてきて、俺はポケットからかんざしを取り出した。


神楽のぼんぼりより少し斜めにかんざしを差し込む。夕日で淡くかんざしが光を帯びた。
「似合わね」
チャイナ服にかんざしはやはり少し違和感がある。
しかしそれでも、つけようによっては絶対に似合う。赤という色は、彼女のために作られたんだ。そう思うくらい、彼女に赤が似合うから。
悔しき事は、多分一番似合う姿を見るのが万事屋の面々であって、自分がその姿を見る確率が、とても低い事くらいだろうか。


それでも、自分が贈った物を彼女がつけている、それだけで満足だと思った。

立ち上がり、一度大きく伸びをして、眠る彼女の前に膝をつく。
頬にそっと触れると、全身に痺れが走るような感覚と熱を持つ指先。
そのままゆっくり、彼女の口元へキスを落とし「お代な」と呟いて俺は屯所へ帰った。

目を開けて、沢山の食べ物と雑貨に囲まれた神楽が一体どんな反応をするのか考えながら。










願わくば、彼女が嬉しいと笑ってくれますように。
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