きすした夢のなか

俺はその日とてもいい夢をみた。



春が少し過ぎて、草の匂いや風の温さが漂い始めた今日この頃。
俺は昼間に屯所で昼寝をしていた。真っ昼間からまたサボりかと思うかもしれないが、今回は正当な休み、平たく言うと非番だ。


このところやけに攘夷志士が多く、サボるにサボれなかったのだ。さすがに身体が疲れを主張するように重い。何度でも眠れそうな気がする。
睡魔に溺れた俺の夢に出てくるのはもっぱら年下のマウンテンゴリラだ。
それは今日も例外じゃない。
いつもの夢で神楽はにこにこと笑って近寄ってくるのだが、今回はムスッと苛立ったような顔で近づいてくる。その姿をぼんやりと眺めた。

「かぐ、ら」
「サド、おま…ぅえ!?」
言い切る前に腕を引っ張り布団に引きずり込んだ。なんだかやけにリアルな夢だ。仕事を頑張った褒美だろうか。
柔らかな体を思い切り抱き締める。その心地よさは、今まで泊まったどの高価な宿より格段上だった。頬が緩んで仕方がない。
「神楽」
「ちょ、離せヨ!」
「イヤだね」
夢の神楽にまで逃げられてたまるか。
「かぐらー」
「………なにアルか」
逃げるのを諦めたように渋々と、神楽は返事をしてくれた。
「呼んだだけでさァ。神楽」
「殴り飛ばしてやろうかアアン?」
「神楽」
「んだよ!まだなんかからかうつもりアルか?」
「好きだ。俺ァずっと。アンタだけが」
夢の中だとあっさり言えるのに、実際会うと罵詈雑言の罵りあいが常だ。
「………寝ぼけた野郎からの告白なんて真に受けないアル」
「ひでー。クソちゃいなぁ」
途端に少し切なくなって、腕の力を強めた。「痛い!」
「……………よん」
「……?」
布団の中で神楽が不思議そうに俺を覗いた。
俺は低く呟いた。
「4人、死んだんでさ。……俺は守れなかった。中には壬生ん時からのヤツとか、いて」
腕の力を緩めて、神楽の髪に触れた。神楽は逃げなかった。……夢じゃなければ良かったのに。
「それなのに俺は、俺が死んだんじゃなくて良かったとか一瞬頭よぎって」
仲間が目の前で斬られても、何もできない。ただ自分の身を守ることしかできなかった。


いつも、切り換えるのは割と速い。割りきらなきゃ人斬りなんかやってられねェ。なのに今日は違った。
後悔と疑念。自負の念と重さ。崩れてしまいそうになる。
支えてくれるチャイナがいるからだろうか。夢だけど。

「人を殺すのも、大切な人を守れないのも。そんな簡単に切り換える事なんてそもそも無理アル。普段もただ、押さえ込んでるだけダロ。気づかないふりで、じゃないと剣を振れなくなりそうで」


神楽は黙って俺を抱き締めた。背中を一、二回ポンポンと叩かれる。
「キ、キャラじゃねぇだろィ」

思わず緩みそうになった涙腺を、茶化す事で押し留める。

「お前の方こそナ」

不安がゆっくり流れて消えて行くのが分かる。再び強い睡魔が訪れると同時にもう一度神楽を抱き締めた。
「ちょ、熱いネ」
「チャイナの体温が高ェんだろ。子供体温」
「子供じゃないアル!……って、私がわざわざここに来た理由、言うの忘れてたネ!」
頭をぎゅっと抱き寄せて、少し足を絡ませる。少しでも隙間がないように。起きてもこの体温が残っているように。

「おい、お前……。おい、もしかして寝たアルか」
「起きても、ずっと。アンタがいりゃいいのに」



その言葉を最後に、俺は睡魔に身を委ねた。




***
屯所が淡くオレンジに染まる夕方、俺は目を覚ました。


人は寝起きに突然起きた事件には、なかなか急に反応する事ができない。せいぜい驚くのみ。寝耳に水ってヤツだ。

完全に睡魔がさった俺が真っ先に感じたのは、体温がもう一つある違和感と小さな寝息。ギョッとして動けない。さらにその犯人が好きな女だったりするんだが。
…おい、なんでチャイナが寝てるんでィ。いや、嬉しいことこの上ないけれども。



俺は必死に頭を巡らせた。確かめちゃめちゃ疲れて布団に倒れて、神楽の夢を見て抱き締め本音をこぼし甘えてまた抱き締めて眠りました。……おいちょっと待て。

サッと顔が熱くなる。



まさか、夢じゃなかった?



「ん、むう……」
小さくうめく神楽の声に、戸惑いと同じくらいに本能が膨れあがった。
もしも夢じゃなかったのなら。



抱き締めても逃げない。
告白しても逃ない。
これって少しは期待してもいいんですかィ?




神楽が目を覚ましたらとりあえずどう想いを伝えようか考えながら、沖田は神楽が起きるまで神楽を抱きしめ続けた。







起きたらあの時の、感謝と一緒に。
疲れがとれたのは多分間違いなくお前のおかげだから。





きすした夢のなか







(…酢コンブ買う約束したアル)
(あ、忘れてた)











あとがき
きすしてない!!
(書き上げてから気づいた事実)





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