アンデルセンルール

「……ってな訳なんでぃ」
「ま、マジでか…可哀想すぎるある人魚姫っ…」


そこは沖田と神楽がよく出会ういつもの公園。
二人は珍しく一つのベンチに座り、これまた珍しく神楽が号泣し、沖田がそれを宥めるという図が完成していた。
いつも公園に来ている人々は、春なのに雪がふるとか槍が降るとか、中には天変地異が起こるなんて言いながら、駆け足で公園を去っていくやつもいた。沖田は思わず苦笑する。たまにはこんな日があったっていいじゃないか。……少し裏はあるが。
「そんな悲しい物語があっていい訳ないアル。ツンツルテンに書き直させてやるアル」
「ツンツルテンて誰でぃ阿呆。アンデルセンだろぃ」
横を向けば瞳を潤ませた神楽。震える身体、白い肌。沖田は意識的に視線を逸らした。だって理性とか理性とか理性とか色々ヤバい。


「アンデルセンはどこにいるアルか?」
「ソイツはもうこの世にはいねェ」

アマントから聞いた童話に、ここまで神楽が食いついてくるなんて予想外だった。
最初はマッチ売りの少女。次に醜いアヒルの子。
そして最後に人魚姫の話をしている。
ムカつくショッキングピンク野郎だと思っていたが、今なら感謝出来るきがした。

「しんじゃったアルか…」「とっくの昔にねィ」
しょぼくれる神楽が何時もの何倍も可愛く見える。
いつもは酢コンブくわえたマウンテンゴリラだから尚更だ。


「どうしてツンツル…アンデルセンは悲しい物語を書いたネ?人魚姫に罪はないヨ」

この理由もご丁寧にショッキングピンク野郎は話していた。
沖田にではなくその辺りのお偉い方にだが。
聞こえてきちまった(そして不覚にも聞きいっちまった)モンはしょうがない。

「ヤツ自身が片思いや実らぬ恋をしていたらしぃ」
「片思い…アルか」


アンデルセンの状態は正に今の沖田そのものだ。片思いにあぐねて酢コンブ買ってみたり喧嘩売ってみたり。

「今日はソイツの生まれた日でねィ」
「誕生日アルか」
沖田は躊躇う事もなく嘘をついた。
「そうでィ。だから今日アンデルセンの童話を聞いたヤツはやらなくちゃなんない事がある」
「え?」
ベンチの近くにある桜の木が大きく揺れる。まるで沖田が嘘をつくことを非難するように。
構ったもんかよ。
「今日その童話を聞いたヤツは話したヤツに抱きつかなきゃなんないんでぃ」
「はぁぁあ!?」

一気に怪訝そうな嫌そうな顔をする神楽。彼女には人の心を重んじる心がないのだろうか。

…人の事は言えないが。


「そーゆールールなんでィ。ほら、」
両手を広げて神楽を見たら、白い右手が沖田の腹にシュッと伸びた。
咄嗟に右手で庇う。
「っ危ねー。なにすんでぃ」
「嘘ダロ!絶対嘘ネ!騙されないアル」
「さぁ?果たしてそれはどうかねぃ」
しらをきって口の端を上げた。
「やらなきゃソイツは孤独死するらしぃぜー」

「マジでか!!」
騙されないとか言っておいて動揺する神楽が可愛すぎる。ちょっと待て、こんなん俺じゃない、けど抱きついて欲しい。苦肉の作だ。


「どーする?」
沖田の心臓は壊れたメトロノームのように音を出している。壊れちまいそうだ。


「わかってて今日、話したアルか変態」
さっき思い付いただけなんて言えるはずがない。


神楽は下を向いて耳を真っ赤にした。


そして、ゆっくりと沖田に近づく。ああ、死んでしまいそうだと思った。


ベンチに座る二人の距離のこり数pー……







***
沖田は思い切り立ち上がった。
「嘘に決まってんだろィ!じゃあな馬神楽!」
ポカンとする神楽を置いて沖田は公園を物凄い速さで走り去った。


…ああ俺の意気地無し!



走り去る沖田に神楽の呟いた一言が耳に届くはずもなく。


「せっかく今、チャンスだったのに…私の意気地無し…」



アンデルセンもお手上げの片思いはもうしばらく続く。
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